2002年5月22日  東京



 
東小金井の妹の家に、八星と滞在している。夜の10時。一日家で過ごして退屈した八星と、夜の栗山公園でひとしきり遊んできた。夜の公園はまた雰囲気が違う。汽車や滑り台、ロープの滑車や砂場を楽しむ八星を見ているだけで楽しかった。ようやく満足した八星がパソコンに向かうわたしに寄り添って、すやすやと眠りにおちた。
この数日はオーストラリアから帰国したばかりなので、妹の家で細々としたことをやりながら日本でのこれからのわたしを把握していた。そう、長野は伊那で歌ったあと、しばらくはソロ活動になるから、どんな形で歌おうか、ということがわたしの胸にある。ひとりで安心して歌えるその感じを確認する時間が必要。(ツアーの間、遠慮なく音が出せ泊まれる場所などあったら教えてくださいね。)バイオリンにしても、ギターにしても、あかぺらで歌うにしても、もう一度練り直してみたいという意欲が出てきている。もう一度生き直してみたい、という感じがなぜかお腹の底にある。不思議。
この一ヶ月はこれからのわたし、ひいてはみんなの幸せのため、素直な自分の流れを形にしてみたい。もっと力を抜き、ありのままであることによって成就してゆく道があるような気がしている。オーストラリアで体験したことが関係してるのかな?クリスタルウヲーターズで見せていただいたバーリーグッドマンのハンドメイドの家は素敵だったな。自然の働きを観察して、そのシステムが進化、発展していくようにデザインすることがパーマカルチャーの在り方だというが、彼の家は大胆に素敵にそれを実現していた。お風呂の水がそのまま床を洗い、畑に流れていくよう半分壁がなかった。壁のかわりに竹が健やかにのび、日陰を作ってくれていた。
人生についてもパーマカルチャー的考え方ができるんじゃないかな。わたしという自然の働きが進化、発展していくように意識的に自分の人生をデザインしてみたいな。なんだかだいぶ触発され、エネルギーが補給されたみたい。やっぱり旅してきてよかった!

さて、きょうは神戸のホームスクーリングネットワークの機関紙みちくさに掲載するためオーストラリアのサドベリースクールへ行ってきた報告を書きました。この学校で過ごした5日間も良かった!わたしだいぶ安心したみたい。わたしのこどもたちが学校に行かず、このごろは、定住もせず、わたしと一緒に旅してることに心の負担を感じてた。周りとずいぶん違うからね。でも、彼らは彼らの日常の中でしっかり育っていっていることに改めて目を向けることができました。サドベリースクールでは、教えないということを徹底していて、その根底に、こどもたちそれぞれに備わっている個性と自主性に対する深い信頼がある。その信念に触れられてよかった!よかったらこちらも読んでくださいね。

サドベリースクールの5日間

5月9日、わたしたち家族は、今回の旅の目的地だったオーストラリアはアデレートを後にして、ブリスベンへ飛んだ。飛行場に迎えにきてくれたのは大阪で3月の末出会ったばかりの、デレクさん。彼はオーストラリアで初めてのサドべりースクールを6年前、自分の5人のこどもたちのために設立した。
日本に訪れていた彼に、出会わせてくれたのは高砂の地球学校の児島さん。”オーストラリアに行かれるなら是非、会われるといいですよ。”と。そして、また友人二人から別々に”オーストラリアに行くのならパーマカルチャーのビレッジ、クリスタルウヲーターに行ったらいいよ”と言われていたのだが、サドベリースクールからそこまでが車で10分の近さと聞いて、足を延ばすことに決めた。偶然がいくつも重なる時、流れはそちらに向かっている。
見渡す限り緑の広がるブルービンサドベリースクールの土地には、みんなの集うスクールハウス、畑、ツリーハウス、陶芸小屋やトランポリンのある草原などが散在している。枝が絡み合って幹になったような不思議な姿のいちじくの樹は樹齢250才。バナナの林もある。草原や木陰でにわとり、あひる、羊たちがのんびりと水浴びしたり草を食べたりしている。こどもたちは4才から19才まで22人。スタッフは5人。学校は9時からだが、8時にはこどもたちが来はじめる。こどもたちは、それぞれに自分の好きなことを好きなようにやって一日を過ごす。その姿はのんびりと草原を駆け回る動物たちの様子と似ている。広い緑豊かな土地をいろんな動物たちが自由にかけまわっている様子にわたしの心は深く安らいだ。そして、大人の干渉がほとんどないのに、こどもたちが喧嘩することも泣くこともなく平和であることに感心した。
9才のあまちはテレビゲームにはまった。ゲームの順番をめぐって他の子とのやりとりが始まる。テレビゲームをやるのは自由だが、みんなで使えるように話し合い決めたルールがあるそうだ。そして、6才の八星はトランポリンとテレビゲームとわたしの三角を行き来しながら他の子ともと、じゃれあう。わたしは、いくつもの音が同時になってる賑やかなスクールハウスから脱出。木陰の草原でアクセサリーを作ったり、ギターを弾いたり。他のみんなが好きなことしてる中にいると、わたしって何をしたかったんだっけ?と改めて自身をふりかえる。
下手でも1日に何度もギターを弾いてる子どもたちを見てたら、わたしも素直に歌いたい時に歌えばいいんだと気がついた。歌いはじめるとと15才のスコットがやってきてベースやギターをつけてくれる。スコットはわたしの知らなかったコードも教えてくれた。そのコードの響きが新鮮で新しい歌ができた。そう、やりたいことを通して人と繋がり、自然に触発しあってゆくんだな。
サドベリーでは教える人はいないけれど、本人がやりたいと言い出したことに、大人は協力する。例えば、カヤックをやりたいという二人のこどものために、デレクは毎土曜日早朝、川に二人を連れていく。あるいは買い物をしたい数人の女の子たちをジョーが車に乗せていく、といった具合。
教えられてないというのに19才のアイザックが初めて描いた絵はとてもリアルだ。以来、彼は絵を描きつづけ、もうすぐ展示会だという。わたしたちがいた間は畑仕事ばかりしていたマッカが初めて挑戦したという虎の焼き物も素晴らしい。描写がしっかりしている上に柔らかな表情がある。”下手な指導がなかったから素直に自分の力が出るのではないか”と誰かが言ってたが、そういえばわたしの歌もそうなのかも。独学だったからこそ、わたしらしさが現れているのかもしれない。
5月15日、トランポリンの草原で、満天の星空の下のコンサート。デレクは大阪の森のプレーパークで夕方、火を焚いてわたしたちが歌ったシーンが印象深かったようだ。寒くなってきた秋の夜にもひるまず椅子やテーブルを草原まで運んでくれ、歌を味わい喜んでくれてる風情が嬉しかった。
スタッフのひとりローイスがこんなことを言っていた。”学校という檻ができたのは人類の歴史上、この200年にすぎない。すべての子供たちが時間を奪われることなく、それぞれの自発的成長に信頼をおかれるようになるまでわたしたちはどのくらい時間を費やすことになるのだろう。”