2001年2月23日  旅立ち前の一週間

 



昨夜、機嫌よく起き出して深夜一緒に星空の下おしっこをした八星が、ふとんにもぐ
りこんでまもなく急に高熱を出し、ひきつけを起こした。八星は何度か高熱がでた時、
ひきつけをおこしているので、風邪くらいでも心配になってしまう。硬直した八星
をなすすべもなく抱き留めて落ち着くのを待った。彼に対する愛おしさがこみ上げて
きてひきつけが落ち着いてぐったりしていた八星をなでながら明け方、眠りについた。
 
あさって、半年という長期の旅に出かけるので、朝目覚めた時、やはり気持ちはせわ
しなかった。しばらく使わせていただいたけいこちゃんの家をかたづけておくこと、
締め切りの迫った原稿を書かなくてはいけないことがまず気になった。
 
この一週間はサンノゼやサンフランシスコ、日本からのお客さんを迎えて、その上に
家族のように親しくしているred wood valleyのよしき&直子familyも山にきてくれ
た。とりあえず他のことは忘れて彼らとの時間を楽しんだが、実はそれがこの山を出
発前にやることだったんだと、後で気が付いた。
 hemp(麻)ひものマクラメ編みに好きなビーズを組み込んでいくオリジナルアクセ
サリーづくりを、このところやってくる人たちは教えて欲しい、いう。わたしはhemp
とビーズに取り組んで5年くらいになるかな。試行錯誤を重ねて、ようやくそれなり
に満足のゆくオリジナルなデザインができ、ビーズの選び方や作り方にも熟練してき
て、好調に制作販売している。ようやくたどり着いたこの作り方やこつを誰にでもや
すやすと教えていいものか?当初はとまどいがあったが、一緒にみんなと手仕事しな
がらおしゃべりする時、とても自然な心の交流ができることや、初心者であってもみ
んなが自分の想像力を働かせ触発し合って作っていく世界が気に入った。というわけ
で、数日、hemp&ビーズに、はまった。また、直ちゃんと千枝子さんと3人で瞑そう
し、散歩した時、この上ない幸せを感じた。そう、わたしはこんなにもゆるやかな気
持ちのいい日常から旅立っていくんだな。

 眠っているまだ熱のある八星を長期滞在で日本から来てくれている順子さんと和生
に任せて、わたしはしばらくお借りしていたけいこちゃんの留守宅に片付けに出かけ
た。初春の暖かい空気の中で畑の隅に穴を掘り、バケツにたまった排泄物や生ゴミを
埋めたり、燃えるゴミを燃やしたり、いつも和生がやってくれてることを自分でやっ
ていくとそれはそれなりに面白い。生きるってこういうことかな、なんて感じ。そう
いえば、ここの水を泉からひくパイプがつまってしまったのか、わたしも和生も出な
くなった水を復活できなかったのに、山に久しぶりにやってきたよしきが、頼んでも
いないのに雨に濡れながら直してくれた。水が復活し感動した。そういう基本的なと
ころに気が行き届き、自主的に自力で直したよしきを尊敬した。どこでも生きていけ
る力を身につけたい、独立したスペースを持つと思わぬところに意欲が出てくる。全
体性を復活しようと改めて思っている。

さて、以下は、大阪のももの家の季刊誌 新てんからっとのために今日、書いた文章。
転載しておきます。テーマは生と死について。3月24日1時半〜4時半 大阪の
天王寺にて、このテーマでタイの草木染め&オーガニックコットンを使ったうさぶろ
うさんのファッションショー&コンサートがあり、わたしたちもミュージシャンとし
て参加します。これはタイの少数民族などに広がるエイズ感染の女性達に手仕事の就
労を保証するなどの動きと関連していて、わたしもなんらかの形で参加できて嬉しい
です。よかったらいらしてくださいね。

地球の窓をひらく4 サーキュレーション

ここはカリフォルニア、標高1000mの山の谷間にある小さな木造の丸い我が家。
9歳になるあまちを産むために見つけた地球の子宮のような静かで安心できるこの場
所から、わたしたち家族はあさって、6ヶ月の長い旅に出る。この1年半の間でアメ
リカと日本を行き来するのは4回目。コンサートのための過去3回の旅で、わたしは
日本各地で魂の家族を見つけては、自分の深いところに眠っていた繋がりの記憶を掘
り起こしてきた。飛行機に乗る前には近しい人とのしばしの別れがあり、違う国に降
り立つとそこには新しい出会いが待っている。しかし、その出会いは、かつて会った
人と再会であるとこの頃感じている。わたしたちは何千年もの時を様々な人生に降り
立って魂を磨いてきているという。飛行機というタイムトンネルを3ヶ月ごとにくぐ
ったらそこで表面化してきた感覚にはどこかなじみがあった。それは生から死、そし
て死から生の場面の転換で繰り返されてきた感覚であろうと思い至った。
 日本に発つ直前の、この1週間、我が家はいつになくにぎわった。たまたま日本で
コンサートを聞いてくれた駐在員の家族がカリフォルニアでコンサートを企画してく
れたことが縁を運び、そこで歌を聴いた2家族と一人の女性が同じ日に遊びに来たの
だ。おまけに沖縄のキャンプ場で出会った女性も同じ日に、はるばる日本から3ヶ月
滞在の予定でやってきた。彼女はわたしたちの留守に動物たちの世話をしてくれるこ
とになった。我が家はその日、14名の大所帯になった。食事をしようにも我が家の
ささやかな丸テーブルをみんなで囲めず、6人の子どもたちがハイになって遊びけん
かもしたので、みんなが山の静けさを堪能できたのかどうかは定かではない。たまた
ま話し込んだ夫婦に、話の流れから、学生時代胸に秘めた幼い恋した相手が20年も
繰り返し夢に登場したという話をした後、同じ大学に同じ時期在学していたこと、わ
たしの夢に出てきた彼と親しかったことがわかり、その後の彼の話を聞くことになり
記憶が鮮やかによみがえった。偶然に見える出会いが、実は必然的な出会いの連続で
あり、全体としてデザインされている不思議。幼かったわたしも現在のわたしと確実
に繋がっている。

 日本とアメリカを行き来するだけで、出会いが出会いを呼び新たな流れが生まれて
くる。違う状況で新たに自分を生き直すことで内面も耕される。日本で自由に動いて
いたわたしと、アメリカで土に根ざし家族の一部であったわたし。どちらのわたしの
枠も壊れ、新たに統合されようとしている。わたしは本来、無限に自由な個人であり、
無限に広がる魂の家族に支えられているのだいうことにこのごろ気がつき始めてい
る。生と死つなぐ光のトンネルをくぐりぬける時、この感覚は確信となるのだろうか。