共生の世紀――21世紀型ヴィジョンの実験サイト

2000年8月1日〜9日


1日〜2日設営ワーク/3日キャンプイン開始/4日開場/9日かたづけ

長野県大町市黒沢高原 サンアルピナ鹿島槍スキー場 
アクセス: 中央道経由長野道 豊科IC〜 41km /JR中央線経由大糸線 信濃大町駅〜バスを運行
祭りHPin アマナクニ祭りのデータ祭り参加要綱
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8月2日のレポート 8月1日のレポート

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2000.8.2更新

【祭りへの想いを寄稿してくれました】


対 話 の 祭 り

いのちの祭りのチラシをみた。多くの催しがプログラムされている。
これからの時代は、科学者の知性、宗教家の霊性、詩人の感性、その三つの要素を持つ人間により開かれていくと言われている。
そのように、祭りの催しも、三つのルーツに支えられているように見える。
と同時に祭りは非日常性を具現する機会でもある。受けを狙ったエンターテイメントが活躍し興奮をかきたてる。その興奮が一時的な集団幻想に終わらないように「なぜ祭りなのか」を考え続けたい。
いのちの祭りは、日本国内の地域的ギャップを越える、新旧世代間のギャップを越える、男女間のジェンダー・ギャップを越える、そして分断され続けた自然とのギャップを越える、越えて多様性ある一体化を成し遂げる、共生へのプロセスのひとつだ。そのためには、参加者が主催者のプログラムにただ乗るのではなしに、各々が自主的に表現することが求められている。
その最も大切な行為は対話である。

いのちとは、移ろうもの。終わりのあるもの。だからこそひとつひとつの出逢いは貴重なのだ。
人間は孤独な存在だからこそ、コミュニケーションが大切となる。
その入り口が誠意ある対話である。互いの現実を認識しあう。互いのギャップを越えて共存する道を探る。いのちの知性、いのちの霊性、いのちの感性の交換。
勇気を、愛を、想像力をかきたてる対話の出逢い。腹の底からこみあげてくる笑い。涙が枯れるまでの悲しみ。どのように振れようと、人間を信じること、自然に身を任すことが当たり前なコミュニティーへとつながる対話を持とう。
私たちがなぜ病んでいるのか、その根を見よう。私達が失ったものをどのように取り戻せるのかを探ろう。
知性、霊性、感性を浄化し覚醒させよう。その状態を日常生活に反映させよう。

今、世界中でそのような流れがわきあがっている。もはや、ごまかしたり、あきらめたままでは、全面的な崩壊が避けられない。いかに小さな行為であっても、それがいのちの甦りに関わるものであれば、世界の流れとひとつになる。
分断され続けて互いの距離が離れ過ぎた者がつながるために言葉がある。もはや以心伝心は用を成さない。見て見ぬふりをし続けると、何も見えなくなる。日本人が幼稚となったのは、トータルな見方ができないからだ。
祭りに技術は必要だろう。だが最も大切な祭りの行為は、多様性ある全体像を認識することである。戦略があればこそ、先述が役立つのだ。

対話の出逢い。祭りは認識の場だ。認識の大地には想像力の種が生まれている。種は実現可能な夢となって成長する。困難な時代でも、世代をかけて実現する夢を持てば、貴いいのちの営みを味わうことができるのだ。

2000年7月  澤村浩行(昭島市)