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東海地震と浜岡原発^

地球の営みである東海地震を、原発震災にしないために

河本和朗(長野県大鹿村)


“変動帯”日本列島

 地球の本体は熱くて柔らかい岩石でできている。中心部は鉄のかたまりでできている。しかし表面近くの厚さ数10kmの部分だけは、冷たい宇宙に冷やされて、冷たくて固い。その薄皮のような部分をプレートという。
 中心部に近い高温の岩石は固体のままゆっくりと上昇し、表面近くで冷やされて再び中心部へもどっていく。これをマントル対流という。マントル対流によって地球は少しずつ冷えていくが、まだ46億年前に誕生したときの余熱を保っている。冷え切ってしまった月にはマントル対流はない。
 西太平洋〜アジア大陸東部には、太平洋の下に湧きあがった上昇流がアジア大陸へ向かい、シベリアの下から地球深部へ下降していくマントルの流れがある。そのマントルの流れに乗って、太平洋の海底をつくるプレートが東から移動してくる。
 日本列島は、太平洋プレートとフィリピン海プレートという2枚のプレートがアジア大陸のプレートと衝突しているところにある。多くのプレートがぶつかり合う日本列島付近は、地球上でもっとも地殻変動が激しい地域のひとつになっている。その結果、日本列島は深さ4000メートルの太平洋の海底から7000mも押し上げられた山脈になっている。
 沈みこんだプレートが深さ100kmにたっするあたりでは岩が溶け、火山帯ができる。
 日本列島のプレートは押し縮められ、上昇する山脈と沈降する盆地が生じる。上昇していく山脈は崩壊し、川が土砂を運び、沈降していく盆地を埋めたてて平野をつくる。この地殻変動が日本列島の大地の恵みをもたらしている。

東海地震はなぜ起こる

 フィリピン海プレートに乗っている小笠原は、1年に3.8mmの速度で室戸岬の方向に近づいている。フィリピン海プレートは、相模湾〜琉球の沖合いで、アジア大陸の一部である西南日本のプレートの下に沈み込んでいる。沈み込んだフィリピン海プレートの先端は北陸〜山陰〜九州〜トカラ列島の下の、深さ100kmほどのところにある。
 西南日本のプレートとフィリピン海プレートの境界は、境界面の深さが5km〜30kmのあたりで、がっちりとかみ合っている。そのためフィリピン海プレートは自由に沈み込めない。このかみあった部分を固着域という。
 少し深いところにある岩石は、バネのような性質がある。固着域付近のプレートはバネのように変形し、エネルギーがたまっていく。
 そのエネルギーが大きくなると、ついにかみ合いが耐えきれなくなってはずれ、いままでかみ合っていたところが一気にずれ動く。そのショックが地震だ。このときずれ動いた面を“震源断層面”という。震源断層面を動かす力×ずれ動いた距離=地震のエネルギーになる。このエネルギーの大きさをランクづけしたものが“地震のマグニチュード”だ。地下に震源断層面が広がっている場所を“震源域”という。震源断層面の中のずれ始めの1点を“震源”という。
 地震のエネルギーは震源断層面全体から放出され、波動となって四方八方に伝わる。地震の波動がやってくると地面は大きく揺れる。それぞれの場所での揺れの大きさを“震度”という。
 相模湾の下の固着域がすべり動いて発生する地震を“関東地震”という。駿河湾〜熊野灘の下の固着域がすべり動いて発生する地震を“東海地震”という。紀伊半島沖〜四国沖の固着域が動いて発生する地震を“南海地震”という。東海地震や南海地震の震源断層面の大きさは100km×100〜200kmという大きなもので、1回に平均5mほどずれ動く。

地震も日本列島の健全な営み

 地震はプレート境界だけでなく、沈み込んでいく海洋プレートの内部や、日本列島のプレートの浅い部分でも発生する。その場合もプレートの岩盤に生じたずれ目(震源断層面)が地震の発生源になっている。阪神大震災の原因になった1995年の兵庫県南部地震や、2000年の鳥取県西部地震は、西南日本のプレートの浅い部分で発生た。2001年の芸予地震は沈み込んだフィリピン海プレートの中で発生した。
 兵庫県南部地震では15km×50kmの震源断層面が平均2mずれ動き、その一部は淡路島の地表にあらわれた。大阪と姫路は10cm近づき、六甲山地と淡路島は上昇した。大阪湾は少し深くなっただろう。このような変動が200万年近くくりかえされ、日本列島の山や平野が造られてきた。
 地震も大地の恵みをもたらす日本列島の営みの一部である。そして、地球の時間の中では突然起こるものではなく、大地が健康であるならば、同じような規模と間隔でくりかえされるものである。

100〜150年おきにくりかえす東海地震

 いちどできた震源断層面はまわりの岩盤より弱いので、同じ場所でくりかえし地震が発生する。地震の規模と発生間隔は、その場所にエネルギーがたまる速さと、その場所特有のかみ合いの強さで決まる。東海地震や南海地震は100〜150年間隔で発生してきた。
 東海地震と南海地震は連動して起こる性質がある。1498年には南海地震発生の直後に東海地震が発生したらしい。1605年と1707年には、東海地震と南海地震は、ほぼ同時に起こったようだ。1854年には安政東海地震発生の30時間後に安政南海地震が発生した。

次の東海地震はいつ起こるか

 1854年の安政東海地震のあとに駿河湾〜熊野灘の固着域にたまったエネルギーのうち、1944年の昭和東南海地震では西側半分しか放出されず、東半分に残ったエネルギーは、いつ放出されてもおかしくない。この考えを“東海地震説”といい、1970年代のはじめに提案された。前々回の宝永東海地震から安政東海地震の間は147年だった。前回の安政東海地震から今年2001年は147年目にあたる。
 今回の東海地震の震源断層面は、石橋克彦さんが提唱したモデルでは、御前崎の下を中心に70km×115kmの広がりをもつ。駿河湾の中央に近い側では深さ2km、静岡県中部の下では深さ約35kmに位置する。この面全体が平均5mずれ動く。最近は、震源断層面の位置を、もっと内陸の富士川〜南アルプス〜浜名湖〜御前崎で囲まれる地域の下だと考えるモデルも提唱されている。いずれにせよ、この面積全体から地震のエネルギーが放出される。マグニチュードは8級と予測されている。
 地震と地震の間の100〜150年間は、御前崎付近はゆっくりと引きずりこまれている。地震発生時には、1分間ほどで1〜1.5m隆起する。その指標になっているのが御前崎に近い浜岡町の水準点(測量の目印)で、20kmはなれた掛川とくらべて、いままでは年間5mmの速さで沈降してきた。
 ところが、1996年ごろから浜岡町の水準点の沈降が鈍っている。また、固着域の周囲で中規模の地震が起こり始めたり、予想震源断層面の上下で微少地震が減っている。これらの現象は、かみ合っているプレート境界が少しづつすべり始める段階に入ったためと考えられている。
 数年以内に次の段階に入ると、地震予知にかかわる研究者の多くが考えている。次の段階のめやすのひとつは、浜岡町の水準点が隆起に転じることだ。しかし、ふだんから夏にはあまり沈降せず、冬にググッと沈むような季節変動もあり、変化を見分けるのはむずかしい。大き目の前ぶれの地震が起こるかもしれない。この段階になると、すべりはだんだん加速して、本震発生にいたる。しかし、このような段階をとらず、突然大地震になる可能性もあるという。

地震“予知”はできるか

 いま、国レベルで考えられている“予知”は、地震発生時期を予測するという意味の予知ではない。東海地震そのものの立ち上がりをとらえて、大揺れになる前に警戒宣言を出そうというものである。
 したがって、もし成功したとしても数時間以内の余裕しかない。それでも新幹線は停車できるだろうし、火元を消すこともできるだろう。駿河湾西岸や遠州灘の海岸では、地震発生後の津波の到達時間は0分後と推定されている。必ず最大級の津波が来るとは言えないが、津波危険地帯に住む人にはわずかの余裕が生死を分けるかもしれない。
 この直前予知が成功するかどうかは、まったく分からない。東海地震が期待どおりに“ゆっくりと”たちあがる保証はない。唯一の希望は、1944年の東南海地震のときにたまたま測量していた人達がいて、前日から地面の動きをとらえていたことだけだ。突然、大揺れが来るかもしれないし、兆候があっても見逃すかもしれない。むしろ、大地のふだんの“ゆらぎ”と、東海地震の始まりとの区別がむずかしい。ともかく初めての経験だから。しかし今回のデータは100年後の次回の東海地震には大いに役立つ。

東海地震の被害想定

 そこで静岡県は、直前予知に成功した場合と失敗した場合に分けて被害想定を行っている。
 静岡県による最新版の被害想定(2001年・第3次地震被害想定)では、三島・沼津・富士・清水・静岡・掛川・袋井・浜名湖周辺の地盤が弱い地域で、神戸でいちばん揺れた震度7(建物の30%以上が倒壊)と同じ揺れになると予測している。その他の静岡県全域が震度6(建物の倒壊が生じる。倒壊率30%以下)になる。予知できないまま冬の早朝に東海地震が発生した場合、建物の倒壊・崖崩れ・液状化・津波による被害は、静岡県内だけで死者5900名、重傷19000名になると推定している。
 そのほか、新幹線が運転中ならば1列車あたり数百人の死傷者、東名高速道路上の事故で数十人の死傷者が上乗せされる。夏ならば津波で逃げ遅れた海水浴客が数千〜1万数千人漂流したり、富士山の登山客7000人が取り残されることも推定し、これらの被災者を救援する能力は静岡県の市町村にはないことも書かれている。
 東海地震の強い揺れは静岡県外にも及ぶ。静岡県に接する県では、静岡県境に近いところや地盤が弱いところで震度6になる。各県による見積もりは、死者数で、神奈川県1010名、山梨県323名、長野県72名、岐阜県211名、愛知県104名、たぶん、東京でも少しは被害が出る。これらの見積もりは古い。とくに最近、長野県や愛知県の地下まで震源断層面が広がり、岩盤がずれ動くモデルが用いられるようになった(防災科研モデル)。2001年6月に国の中央防災会議が見直したモデルは、いままでの石橋モデルと防災科研モデルを足し合わせたようなものになっている。長野・岐阜・愛知については被害想定を大きく修正する必要がある。

震源断層の真上にある浜岡原発

 ところが、この被害想定や避難・救援計画を無意味にしてしまうかもしれないものがある。震源域の御前崎付近にある浜岡原子力発電所だ。現在のところ、地震によって放射能が放出されることを想定した避難計画はつくられていない。
 最悪の放射能放出(チェルノブイリ級)のばあい、地震で大きく被害を受ける7県をこえて、東北南部〜近畿地方まで放射能による災害が予想される。
 いま世界中に437基(日本に52基)ある原発で、大地震で揺さぶられたものはまだ1基もない。日本列島や台湾など、地球上で最も地震発生が多い地域にたくさんの原発がある以上、いつか原発が大地震の直撃を受けることは確実である。その第1号が、浜岡原発になる可能性がひじょうに大きい。原発が大地震に耐えられるかという“実験”の日がせまっている。

 私たちは、その日にむけて、
^ 東海地震発生の3ヶ月前までに浜岡原発を止める必要があることを伝えること、
_ 東海地震と放射能災害の両方に備えること、
を提案したい。

                               (つづく)


*連載第二回はこちら 東海地震と浜岡原発(2)

*イベント欄に浜岡原発祈りのウォークを掲載しています。
*ウォークの詳細は:ピースウォーク浜岡



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