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◆二酸化炭素をリサイクルできるか

来るべき次代はどのような社会になるだろう。日々の生活が、突然、変わることはな
いかもしれない。しかし、二十一世紀には日常生活を含む社会システムそのものが、
根底から変わらざるを得ない時代になるかもしれない。しかもその準備がもうすでに
始まっていると聞けば誰もが驚くことだろう。新技術の開発によって二十世紀が抱え
る世界的な環境問題の解決を図る(財)地球環境産業技術研究機構(RITE)を訪れ
た。

地球温暖化問題の浮上

 昨年12月に京都で開催された地球温暖化防止会議(COP3)は、一般市民レベルまで
地球温暖化問題の深刻さと解決の難しさを知らしめる機会となった。この問題が浮上
したのは二十世紀末になってからのこと。
 初の公式確認の場となった一九九〇年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)で
出された報告書では、CO2などの温室効果ガス濃度を抑制するため直ちに対応戦略を
とるように訴えている。同年六月、日本は「地球再生計画」を掲げ、産業革命以降二
百年間にわたり多くの負荷をかけて変化した地球環境を、世界的な省エネルギーの推
進、クリーンエネルギー(CO2を出さないエネルギー)の大幅導入、次世代を担う革
新的エネルギー関連技術の開発などによって今後百年間で再生させようと世界に提唱
した。
 この壮大な計画を具体化する上で最重要課題である、革新的な環境技術の開発と
CO2吸収源の拡大を国際的に推進する中核的研究機関として一九九〇年七月に設立さ
れたRITE。ここでCO2の大幅削減・活用のための実験プラント開発に携わっている化
学的CO2固定化研究室主席研究員の丹羽宣治さんにお話を伺った。

CO2のリサイクルを目指して

 化学的CO2固定化と聞くと難しく聞こえるが、大自然では太古から森林や海洋に
よって脈々となされてきたことである。植物や植物プランクトンなどが太陽エネル
ギーとCO2ガスを利用して光合成を行い成長する。これがいわゆる生物機能利用の大
気中のCO2固定化だ。そして、植物を人間などの動物が摂取し燃焼したり、また、活
動を終えた生命体の死骸を微生物が分解することなどによって再びCO2は大気中に排
出されていく。長い歳月、地球上に確立していたこのCO2の循環システムのバランス
が崩壊し始めたのは、人口が劇的に増加し人間活動が地球環境に大きな影響を与える
ようになった産業革命以降である。産業革命以降、人間活動のエネルギー源となった
もの、それは石油や石炭などの化石燃料であった。
 化学的CO2固定化・有効利用技術開発のあらましは以下のようになる。まず、化石
燃料を大量に燃焼する発電所や工場などから出る排ガスから大量のCO2を分離・回収
する。回収したCO2に水素を添加し反応させてメタノールを合成する。メタノールは
工場や自動車などの燃料や化学原料として再利用する。このメタノール合成に使用す
る水素は、太陽エネルギーや水力エネルギーなど自然エネルギーによる発電によって
得られた電力で、水を電気分解して得る。つまりこの技術はCO2排出量の削減のみな
らず、化石燃料使用量の削減にも寄与することを目指しているのだ。開発にあったて
の基本概念も「CO2グローバルリサイクルシステム」と名付けられている。
 「一九九〇年に十年計画でこの研究開発事業がスタートして今で九年目。この間、
CO2ガスを回収する際の膜技術、メタノール合成技術、水素製造技術などの要素技術
のポテンシャルは飛躍的に高くなりました。これらの技術は日本が最も進んでいるの
です」。
 本格的実験プラントが完成したのはCOP3開催の1年前。COP3ではメタノール自動車
を借りて公開運転も行い海外からも注目を集めた。技術面の問題はほぼクリアしてい
るというプラントが低音を出して稼働している様は、あたかも地球を救う頼もしい
助っ人といった感じもする。
 「でも実用化にはさらに大きな問題があって、その問題の方が技術的な問題よりも
はるかに重要なのです」。

化石燃料を盗み続ける人類

 今、化石燃料はあまりに安い。例えば、ガソリンはミネラルウォーターより安い。
そして、私達はその理由を考えることなどしない。
 「化石燃料は長い歳月をかけて地中の奥深くで生命体の死骸から作られたもの。地
球が営々として作ったものを人類は盗んでいるのです」。
 自分一人のエネルギーだけでは物足りず、かといって自分でエネルギーを集めるこ
ともしない。挙げ句の果てには、一カ所に効率良く蓄えられているエネルギーの倉庫
から勝手に盗み出す始末。他人のものを盗む方が楽で、コストもかからないのは当然
である。本来地中にあったものを掘り起こし、瞬時にして使い果たそうとしている産
業革命以来の人類。その生活スタイルをエネルギーという観点で見直すと、泥棒生
活、良く言えば、親のすねかじり生活という実態が明らかになる。
「太陽光などの自然エネルギーはエネルギー密度が希薄なため、集めるのにかなり
コストがかかります。盗んだものと、一から自分で作った設備で作り出すものとでは
コスト的に競争できるはずがない。新技術による高コストのエネルギーを今の化石燃
料時代にすぐ導入することは到底無理です」。
 現代はエネルギー本位制とも言える社会だ。工業、農業、漁業、林業、全て化石燃
料がなければ成立しない。例えば冬にできるトマトやキュウリは、いわば石油の固ま
り。円をkcalに変えてみてもいい。芸術作品以外は価格が高いものほどエネルギーが
多く使われているといっても過言ではない。今、日本人は一人一日当たり生存以外に
約三〇人分のエネルギーを使っているという。エネルギーという目に見えぬ三〇人の
奴隷を働かせた享楽的な生活を無意識のうちに送っているのだ。

自然エネルギーを基本とした社会へ

 「地球温暖化問題は単なる一人一人の問題ではなく、社会全体に対する一つの警告
です。地球の人口を急に減らすことはできませんし、徹底した省エネにも限度があり
ます」。
 車に乗らなければ自動車産業は成り立たない。コストの高いエネルギーでは海外と
の価格差によって、日本の産業界そのものが崩壊しかねない。そもそも、誰が好きこ
のんで苦労をするだろうか。電力を使わない生活を送ろうと決意して山奥に入ったと
しても、急病になったら救急車に運ばれて電力のあるところに運んでもらうだろう。
これは、二〇世紀が抱えた世界的システムの問題である。人間の業が肥大化し、化け
物のようになって逆に人間を操る。今はそのような時代なのだ。
 「技術は一日で生まれるものではありません。私は研究者として、いつかこの技術
が必要となる時のために研究開発しています。しかし、技術の使い方は社会全体で考
えるべきことなのです」。
 CO2固定化技術の本当の目標は、社会のエネルギーシステムを、化石燃料を基本と
したものから自然エネルギーを基本としたものに転換させていくことだったのだ。そ
のような社会では社会全体のシステムや考え方が根底から変わらざるを得ないだろ
う。「儲かる」という概念自体が無意味となっているかもしれない。結局、人間は自
然エネルギーによってしか生きられないのだ。
 「唯一の解決法は、有限である物質を追い求める生活から、精神的なものに価値を
見出す簡素な生活を送ることかもしれません。いつかきっとそんな時代が来ると思い
ます」。
 毎年約一.五ppmの濃度で増え続けるCO2。毎日五〇kgのメタノールを生成し続ける
巨大な実験プラント。来るべき未来社会で、役立つことがあるのだろうか。その時、
地球はどのような姿になっているのだろう。二十一世紀が抱える課題は大きい。