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Terro in USA

牛久の入管センターで起こっていること

日本にいるアフガン難民が深刻な事態に




(前略)

> 池田香代子です。
> みなさまにBCCでお送りしています。
>
> おかげさまで『世界がもし100人の村だったら』は116万部にたっし、先日
> 「100人村基金」を立ち上げて、まずは難民申請しているのに入管センターに
> 収容され、非人道的な扱いを受けているアフガンの方々の支援に取りかかってい
> ます。
>
> きょうは民主党本部で『100人村』の話をしてきました。日本で収容されてい
> るアフガン難民のことも。
> 帰ってきたらこんなメールが。長くて読みづらいのですが、読んでください。そ
> してお知り合いに転送してください。
>
> 事態は深刻です。私は基金からの差し入れなどで何度かみなさんにお会いしてい
> ます。
> 自殺未遂をした2人はまだあどけなさを残した、ほんとに子供なのです。
>
> *********************************
>
> アフガン難民弁護団の方から、
> とても詳しく、そして恐ろしい内容のメールを戴きました。
> 転送許可をいただきましたので、お知らせいたします。
> これは転送可能な匿名バージョンです。
>
>
> 入管担当者の心無い発言、
> 誠意のない医師の対応を具体的に読んで、
> これまでもあまりよい噂を聞いたことがなかったですが、
> これほどまでにひどいとは、信じられない!という感じです。
>
> そして、収容された方々が、
> 肉体的にも病気になったり、薬漬けにされたりして、ひどい状況ですが、
> 精神的にかなり追いつめられているようです。
>
> 私は、今回壁に頭を打ち付けて倒れた方には直接お会いしたこともあり、
> 本当に、胸が痛みます、、、、
>
> 長いですが、それだけの価値のある内容だと思います。
> ぜひご一読ください。
>
>
> ----------ここから原文----------
> アフガン弁護団、児玉です。
> R君(18歳)のことだけではなく、
> 牛久では14日、
> やはりアフガニスタン難民申請者A/J君(19歳)も自殺未遂をしています。
> 15日未明にも、首つりをしようとしたとのことです。
>
> さらに、詳細は別途送りしますが、
> 16日朝、アフガン難民申請者で収容中のE氏が、吐血したことが判明。
> 弁護団から、急遽申入れをしましたが、
> 牛久の職員は「血を吐いたからと言って医者に診せるとは限らない。」
> 「月曜日には診せる。土・日は様子を見る。」と言って、対応してくれません。
>
> 悲惨な状態になっています。
>
> この情報は、メディア・外部に出すときは、匿名でお願いします。
> (aya註: 対応済み)
>
>
>
> 報  告  書
>
>
> 当職は、アフガニスタン難民弁護団に所属する者であるが、
> 2002年2月13日、
> 弁護団依頼者の1人であるR氏(以下「R氏」という)が
> 入国者収容所東日本入国管理センター(以下「収容所」という)の
> 収容施設内で健康上の理由で昏倒した、
> また弁護団の依頼者であり被収容者であるA/J氏(以下「A/J氏」という)が
> 自損行為に及んだとの情報を受け、事実関係を調査するために、
> 同月15日、収容所次長東郷秀憲氏と会い、
> またQ氏(以下「Q氏」という)、A/J氏、R氏の3人と接見をしたので、
> その際見聞した事実を報告するものである。
>
>
> 2002年2月16日
> 弁護士 大 橋   毅
>
>
>
>
> 1 平川総務課長補佐との面談
>
> 10時40分頃、平川総務課長補佐と面談。要旨次の通りであった。
> (1)R氏は2月14日外部受診した。現在通常の状態である。
> (2)A/J氏は、自損行為をしたが別状はないと聞いている。
> (3)一昨日、R氏の件は次長に対しては報告があった。
> 課長補佐の平川が知らなかっただけである。医療の責任は次長である。
>
>
> 2 東郷次長との面談
> (1)10時50分頃次長と面談。受けた説明は要旨次の通りであった。
> ア 昨日児玉先生、福島瑞穂先生らから電話を受け、
> 仮放免の交渉の申し入れを受けたが、場を持つかどうかも含めて上申中。
>
> イ 一昨日よりの経過
> R氏は13日午後2時頃、ボスに会わせろと要求。
> 処遇室で面会中、椅子から崩れて手を床につく。腕が縮こまる状態。
> 医療室に搬入。看護婦が心電図をとった。
>
> 職員の判断で、外部医院に連れて行く必要ないとして扱った。
> 意識を失ったことはない。
> 翌朝一番に収容所の医師が診察。肉体的に問題なし。過換気症候群の疑い。
>
> 同日午後外部医院で診察、MRI、血液検査など実施。結果は未だ。
> 精神科の診察はしていない。
> 命に別状はない。
>
> 13日、センターの医師に連絡は、
> 休日で、ポケットベルで呼んだが連絡がつかなかった。
> ほかに、自損行為に及んだ件があると報告があるが大事に至っていない。
> 十分適切な処置をしている。ベストを尽くしている。
>
>
> (2)当職は、精神疾患に対する適切な対処をしないこと、
> 倒れてから20時間医師の診察を受けていないこと、
> いまだに精神科医の診察を受けていないことは不適切であると主張し、
> 仮放免の交渉の場を設けることを重ねて求めた。
>
>
>
> 3 A/J氏、Q氏、R氏との面会
>
> (1)3名同時に、午後1時50分頃より3時30分頃まで面会実施。
> ただし、Q氏とA/J氏との二人で面会を開始し、数分後R氏が入室した。
>
> (2)Q氏は、途中まで自らの日本語で話し、
> 途中から、当職と同行した通訳人による通訳で話した。
> A/J氏、R氏は通訳人を通じて話した。
>
> (3)面会の際の同氏らの供述を、できるだけ逐語で記録した。
> その記録は別紙の通りである。
>
> (4)要点のみ要約する。
>
> ア  R氏は、体調不良のため、
> 1週間に3回、外部病院受診の申請をしたが却下され、
> 体調不良と家族の安否の心配について収容所の上層部に相談するため
> 申請したが、13日午後2時これも却下されたことを契機として、
> 倒れ、意識朦朧となった。
>
> 医務室に医師はおらず、看護婦が睡眠薬らしき薬を飲ませた。
> 以後約30時間の記憶が定かでない。
>
>
> イ  A/J氏は、14日午前11頃、
> 収容所備え付けのはさみで、自らの体を傷つけた。
> さらに15日午前3時30分頃、
> 房内でパジャマで首を吊って自殺未遂をした。
>
> その理由について
> 「収容されて7ヶ月くらい。
> 薬飲んでもなおらない。どの医者も同じ薬を出す。
> 1日13個も飲んだら、体が悪くなる。
>
>   来たときは、アフガニスタンは危なかった。父も捕まった。
>   収容されては何もできない。我慢できない。
>  
> 私は日本が平和な国と思った。日本に来てからもすぐ収容された。
> 私だけじゃなくみんな毎日新しい病気になり、同じ薬を渡される。
>  
> 私は自分の国で命が危なかったから来たのに収容された。
>   UNHCRにも何回も電話し手紙も出したが、一回来てくれただけ。
>   人生がいらない。動物のようになった。
>   動物でも1日1回外に出る。犬も散歩する。
>   ここは毎日死ぬが、一回だけ死んだ方がよくはないだろうか」と述
> べた。
>
>
> (5)なお、R氏は車椅子を使用していた。
>   A/J氏は、話の途中で、頭を机に1回強く打ち付けた。
> またA/J氏の体には、腹に8、額に2、右頬に1、左頬に2の傷があった。
>
>
>
> 4 R氏は記憶が定かでないので、
> 彼の供述から一貫した経緯を確認することはできないが、
> 1〜3の聴取内容から、13日から15日午前までの経過を推定すると、
> 以下の通りと思われる。
>
>
> (1)13日以前の1週間 R氏は3回、外部医院受診の申請。収容所医師が却
> 下。
> (2)13日以前の2日間 R氏「偉い人に会いたい」との申請。
> 家族の心配と体調の相談のため
> (3)13日午後2時 職員がR氏に「却下、話は職員が聞く」との通告
>
>
> R氏興奮して大きな声を出し、意識朦朧となり、倒れる。
> かねてより体調不良のK/A氏、貧血で倒れる。
> Q氏及びイラン人が通訳として付き添い医務室へ。
> 医師はいなかった。
> 職員とQ氏がマッサージ施行。看護婦が心電図検査
> 看護婦が「なんでもないから薬を飲んで」
> 以前外部病院で処方した薬を飲む。
> 30分で手足を縮めて、眠って動かなくなった。
> Q氏自室に戻る。
> A/A氏に交替依頼。入管も了承。
>      4時30分頃 A/A氏自室に戻る。
> R氏児玉弁護士と接見。
>
>
>
> (4)14日午前10時頃 R氏収容所医師と会う。
> 午前11時  A/J氏自損行為。共用スペース備え付けのはさみで自分に切りつけ
> た。
>
> A/J氏、医務室に搬送、職員6人で取り押さえた。
> 11時45分 入管の要請でQ氏、K/A氏が医務室へ
> A/J氏、二人の説得で落ち着く
>
> 医者がQ氏に投薬について「これでどうでしょう」と相談し
> Q氏は「私は医者じゃないからわからない、あなたの責任」と答えた。
> 医者が投薬。
>
> A/J氏手が縮こまって寝た。二人は自室へ。
> 1時間後? A/J氏目が覚め、自室へ。
> 午後2時頃 R氏外部病院へ
>
>
>
> (5)15日午前3時半 A/J氏自室でパジャマで首吊り、5分後 救助   
>
>
>
> 別紙 面会記録
>
> Q氏
> 何回もお願いした。勉強したいから来た。この中で何の勉強をするか。
> 今まで「シャブ」を知らなかった。いまどんどん聞いている。
> まだ見たことがない。入管と日本政府が私に教えている。悪い人になってしま
> う。
>
> 医者も人のことを全然聞かない。私たちは人間である。動物じゃない。
> 医者でも前はK/Aさん(記録者注:弁護団の依頼者の1人)が
> 腎臓が痛いと言った。レントゲンを、睾丸のレントゲンを撮った。
>
> 監督さんに「これ間違いだ」と言ったら、「いいから出てなさい」と言った。
> 医者と監督の仕事をしないなら辞めるべきだ。
> 私はアフガニスタンで仕事ができるのになくて生活できなかった。
> ここでも偉い人にお願いした。切れた。何回もお願いした。
>
> お父さんの前でも頭をあんなに下げなかった。
> いろいろな国でいろいろ勉強したことがある。
> アフガニスタンの人を馬鹿と思っているのか。
> 昨日A/Jは人生がなかったと言って傷を作った。
>
> (Rが車椅子で入室)
>
> Q氏
> 偉い人と何回も話したいと、申請をした。話ができないと言われた。
> 難しいが無理はない。何で無理というか。彼(記録者注:R氏のこと)も
> 頭を何処でぶつけたかわからない。
> そして手足がかたくなって動かない。
>
> 彼も人間だ。まだ20歳にもなっていない。勉強したい。
> 明日アフガンに帰ったらどうと思うか。
>  
> A/Jは偉い人と話した。名前わからない。ちょっと失礼なことを言った。
> 僕も切れた。前は何年かロシアで戦った。私たちは国で血を流した。
> なぜこういうことをするか。
>
> 入管の人は、入管に入って、24時間働いて、また酒を飲んで、何もわからな
> い。
> 「すいません私わからない」で終わり。
>
> 私はアフガニスタン人
> (記録者注:後出する、
> 入管職員が「戦争をしている国の人だから」と発言したエピソードのことと思わ
> れ
> る。)。
> 今国はムジャヘディンになっちゃった。
> それは私たちのせいですか。
>
>
> 法務大臣が耳に何を入れたかわからない。毎日調べばかり。
> ここで誰か死んだら誰が責任をとるか。
> 入管、日本政府の責任になる。恥ずかしいことになる。
> 私も外で知り合いがいる。外に出たら電話をして世界にわかってもらう。
> 国連で恥ずかしいことになる。日本も世界の中。太陽じゃない。
> ここでも人間が住んでいる。人間として考えて欲しい。 
>  
> 昨日夜私はお願いした。Rは自殺すると言ったので、面倒を見るからと言った。
> 昨日の夜X(aya註:不明)も何回か自殺しようとした。
> 聞いたら「もうこの人生やだ、タリバン政府と同じだ、毎日殺す。
> 1日で15個薬を飲んでいる。人間は毎日薬を飲んだらおかしい。
> どうしてもしょうがない、薬を飲むしかない。」
>
>
> (記録者質問:おとといのことを教えて欲しい)
>
>
> Q氏
> Rは同じブロックだった。
> おとといのことは、私は一人の部屋で、電話をしたいという話をしたかった。
> ブロックの中で大きな声が聞こえた。
> 見たら、Rは倒れていた。ブロックの外の小さい部屋。
>
> 担当が手でマッサージをしていた。
> 「どうした」と聞いたら「わからない」という。
> 別の人に聞いた。
>
> 「(Rは)朝からボスにお願いしていた。
> 『偉い人に会いたい。家族もわからない、毎日薬を飲んでいる』」。
> ボスは「無理」と答えた。
>
> 彼は切れた「何で無理?」。
> K/Aから聞いた。倒れたときK/Aも血圧が下がって倒れた。
> 私が部屋から外に出たときに、倒れたままだった。
>
> 私は一緒に医者の部屋に行った。言葉がわかるから。
> もう1人イラン人の人も一緒だった。
>
> 部屋は看護婦さんだけだった。
> 私たちマッサージをした。
> 心臓のグラフィックをとった。
>
> 看護婦が、「なんでもないから薬を飲んで」と言った。
> 外の病院からもらっていた薬だった。
>
> 薬をあげたら、30分でRが寝てしまった。
> 手足を縮めて、動かない。
>
> 「あなたいらないからありがとう」と言われて自分は部屋に帰った。
> そしたらA/Aさんに、代わりに見ていて欲しいと頼んだ。
> 入管の担当に頼んで、一緒にいさせてもらった。
>
>
>
> 《以後通訳を介す》
> 4時30分頃A/Aが帰ってきたので、
> Rは弁護士さんと面会していると言われた。誰かわからなかった。
>
> 昨日は、
> 「Rがなぜ倒れたのかについて、ここの偉い人にRの前で話したい。」と頼ん
> だ。
> そのときは、私はここの偉い人と、5分だけでもいいから話したかった。
>
> そのことで担当と話していたら、アラームが鳴った。
> そのとき驚いて部屋に戻ったら、A/Jがいなくて、血が残っていた。
>
> いあわせた人に「A/Jさんはどこか」と聞いたら「病院だ」と言った。
> 昼の11時頃だった。
>
> 担当もびっくりしたので、「後でRさんのことを話します」と言って去った。
> 11時45分頃入管が私に「A/Jさんの状態が悪いから助けてください」
> 私の部屋のK/Aさんが年上なので、一緒に来てもらった。
>
> 私たち二人で医者の部屋に行った。
> そのとき6人がA/Jさんを押さえていた。
> A/Jさんは、自分がきたことがわからないで
> 「日本政府は何をするか、なぜ捕まえるか」と言っていた。
> そのとき私とK/AがA/Jさんにお願いして、
> 「少し我慢してください」と言った。
>
> そのときA/Jさんは右手が動かない感じだった。
> そのとき医者が二つ薬を渡した、睡眠薬を。
> 医者が私に「これでどうでしょう」と言った。
>
> 私は「私は医者じゃないからわからない、あなたの責任」と言った。
> 医者が薬を飲ませた。手が縮こまって寝た。
> 「医者が帰りなさい」というので部屋に帰った。
>
> A/J氏
> 1時間くらい寝てから、目が覚めたら医者のところだったので
> 「部屋に戻りたい」と言って戻った。
>
> そして夜3時半まで全然寝なかった。
> この人生はいらない、と思った。
>
> みんなが寝てから、首にパジャマをかけ、天井からぶら下がった。
> 5分ほどそのままで、入管の担当が来て、部屋の人もわかって助けた。
>
> Q氏
> 入管の人が、朝8時まで部屋の隣に待っていた。
> 今朝9時に担当が来てA/Jさん、K/A、私に、「偉い人と話してください」。
> 何かあったときに相談をする部屋に行った。
>
> 職員が12人くらいいた。
> その中の1人が、12月に約束した人だった。
> 「1ヶ月したら良くする」と約束したが、なにもなかった。
>
> (aya註: 昨年末にハンストをしていた人たちがいましたが、
> 体調悪化して病院送り、などという事態が
> アフガン復興会議に重なると非常に外聞が悪い、ということで、
> 入管のほうから、上記のような口約束をしてハンストを止めさせた、
> ということがありました。その約束のことかも知れません。
> 未確認ですが、、、)
>
> もうひとりは、私たちに
> 「戦争をやっている国の人だから」と言った人だった。
>
> そのとき私は、
> 「他の国が攻めて来て戦争をしたのだ。
> 自分たちは国を守るために戦っただけです。
> 他の国が法に反しているのではないですか」と言った。
>  
> 私は、偉い人に
> 「ここの入管の他の人と話したくない。一番上の人とだけ話したい。
> ここも刑務所、彼らのところも刑務所。
> フリーゾーンのこともわからない。
> 戦争をわからないのに、戦争のことを話す。
> わからない人は話をしない方が一番いい。自分も悲しくなる。」と言った。
>  
>
> 自分はいらいらして、
> 今度偉い人と1対1で話したいと言って、1人で部屋に戻してもらった。
> 頭に来た。
>
> 入管の目的もみんなの頭をおかしくすることではないか。
> 悲しくさせて、自殺をすると、ビデオカメラをもってきてビデオを撮る。
>
>
>
> R氏
> (記録者質問:医者に会う申請をしていたか)
>
> 1週間前から3回手続をした。
> 医者(記録者注:収容所の医師のこと)に頼んだ。
>
> 「病気です」と言ったが「病気じゃない」と言われた。
> しょうがないから「我慢できません、病院もういい」と言った。
>
> 2日前から「偉い人に自分の家族の相談をしたい」と申請した。
> 担当が来て、「私に言え」というが「私は話したくない」と言った。
> 「どうしても上の人に会うことができない」と言われた。
>
> 頭がおかしくなって扉に頭を打ち付けてわからなくなって倒れた。
> 目が見えず、手が開いたまま動かず、足も動かなかった。
> 偉い人が来た。ビデオカメラをもって撮っていた。
> そのことはQが後で教えてくれた。
>
> 私がわからないうちに医者に連れていった。
> 意識がなかったのでどこだかわからない。
>  
> Qと一緒にボスに話した
> 「月曜日に代わらなければ自殺する。その責任はあなたにある」。
> ボスは「私は何もできない」と言う。
> 「自殺しても関係ない」という。
>
> Qさんが「あなたが関係がないなら誰の責任か」
> 「待っていて」。
>  
> 私は「我慢できない。月曜日まで待ちます。その後自分でやります」と言った。
> 頭もおかしくなったのでレントゲンを撮った。
> レントゲン写真を自分で見た意図言ったが、見せなかった。
>  
> 今、足も頭も痛いので、足が治ったら先生とボスに話したい。
> いくら言ってもこちらは変わりません
>
> A/J氏
>  私のこともビデオを撮った
>
> R氏
> そのときは二人の担当者が手足を、Qさんが胸をマッサージ。
> この人生はいらない
> 今度は自分が自殺するがその前に入管担当を殺したい。
> 入管職員が「私たちは力をもっている」と言う。
> 私は、「それなら私は悪いことをしたんですね。
> 日本に難民申請をしたんだから。」と言った。
>
>
>
> A/J氏
> 今日担当からどうして自殺すると聞かれた
>
> 「収容されて7ヶ月くらい。
> 薬飲んでもなおらない。どの医者も同じ薬を出す。
> 1日13個も飲んだら、体が悪くなる。
>  
> 来たときは、アフガニスタンは危なかった。父も捕まった。
> 収容されては何もできない。我慢できない。
>
> 私は日本が平和な国と思った。日本に来てからもすぐ収容された。
> 私だけじゃなくみんな毎日新しい病気になり、同じ薬を渡される。
>  
> 私は自分の国で命が危なかったから来たのに収容された。
> UNHCRにも何回も電話し手紙も出したが、一回来てくれただけ。
>  
> 人生がいらない。動物のようになった。
> 動物でも1日1回外に出る。犬も散歩する。
> ここは毎日死ぬが、一回だけ死んだ方がよくはないだろうか」
>
>
>
> Q氏
> UNに言って欲しい。何も助けてくれなかった。これからも何もしないだろう。
> 何かあったら責任はUNにある。誰か死んだらUNに責任がある。
> ひとりアフガニスタン人が死んだら1人ここの日本人も死ぬ。
> 私たちはおもちゃじゃない。
> ロゼーロに何回も電話した。
>
>
>
> R氏
> 入管のやることとタリバンのやることは同じだ。
>
> (記録者質問。以下同:おととい児玉にあったことは覚えているか)
>
> 面会が終わってから3つの注射をした。
> (自分で覚えているか)わからない。針の後がある。両腕にある。
> (いつ気がついたか)テープがあって、意識が戻ってから、テープを取った。
> (いつか)おととい
> (何時か)覚えていない。
> (部屋で意識が戻ったのか)自分の部屋。入管の担当がいた。
> 昨日の朝、気がついた。
>
> (昨日の朝までのことを覚えていないのか)覚えていない
> (昨日の朝のことで覚えているのはどんなことか)昨日ずっと寝ていた。
>
>
>
> Q氏
>
> 昨日はRはずっと寝ていた。
> 1時頃外の病院にあった。
> 朝はセンターの医者にあった。
> 何も診ないで「外の病院に出してください」とだけ書いた。
>
>
> 児玉先生からのFAXを見せられたのでそれを破いた。
> 「FAXいらない外に出たい。今日必ず行きたい。できなかったらやります。」と
> 言った。
> 「順番」と言われたが、「病気に順番はない。死んだら何の順番ですか」と言っ
> た。
>
>
>
> R氏
>  
> 昨日朝私テープがあってはがした。夜まで寝た。
> センターの医者が私を診て1時5分に・・・
> (記録者注:記憶が混乱してわからない様子)
>
> (記録者質問:センターの医者にあったことは覚えているか)
> 覚えていない。頭が回る。
>
>
>
> 《ここで記録者は、A/J氏の傷を素描した。
> A/J氏は腹に8、額に2、右頬に1、左頬に2の傷があった。
> スケッチを添付する。
> 同日午前中にA/J氏と面会した通訳人によると、
> A/J氏は朝は首が赤く腫れていたとのことである。》
>
>
>
> A/J氏
>
> (記録者質問。以下同:はさみで切ったのか)
> そう。入管の担当と奪い合って、指を切った。
>
> (はさみは置いてあるのか)
> 髪を切るために置いてある。持って行けないようにチェーンで繋がっている。
> はさみを奪うために6人が来た。そうでなければもっとひどくした。
> 待っている状態が一番ひどい。
>
> (切ってから、センターの医者に行ったか)はい
> (外の医者には)7ヶ月の間1回も外の病院に行っていない。
>
>
>
>
> R氏
> (足は)動かない。
> (トイレは)Qが助ける。
> (手は)ときどき動かない感じになる
> (足はあげることは出来るか)少しずつはできる
> (足は叩くといたいか)わかる
>
> Q氏
> (今の部屋は)A/J、D、Yが一緒。A/AとK/A、R、Qが一緒。Rは昨日の夜から
> 一緒。
> ===================原文ここまで================================
> --
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第3六甲センタービル4F 



(前略)

> 池田香代子です。
> みなさまにBCCでお送りしています。
>
> おかげさまで『世界がもし100人の村だったら』は116万部にたっし、先日
> 「100人村基金」を立ち上げて、まずは難民申請しているのに入管センターに
> 収容され、非人道的な扱いを受けているアフガンの方々の支援に取りかかってい
> ます。
>
> きょうは民主党本部で『100人村』の話をしてきました。日本で収容されてい
> るアフガン難民のことも。
> 帰ってきたらこんなメールが。長くて読みづらいのですが、読んでください。そ
> してお知り合いに転送してください。
>
> 事態は深刻です。私は基金からの差し入れなどで何度かみなさんにお会いしてい
> ます。
> 自殺未遂をした2人はまだあどけなさを残した、ほんとに子供なのです。
>
> *********************************
>
> アフガン難民弁護団の方から、
> とても詳しく、そして恐ろしい内容のメールを戴きました。
> 転送許可をいただきましたので、お知らせいたします。
> これは転送可能な匿名バージョンです。
>
>
> 入管担当者の心無い発言、
> 誠意のない医師の対応を具体的に読んで、
> これまでもあまりよい噂を聞いたことがなかったですが、
> これほどまでにひどいとは、信じられない!という感じです。
>
> そして、収容された方々が、
> 肉体的にも病気になったり、薬漬けにされたりして、ひどい状況ですが、
> 精神的にかなり追いつめられているようです。
>
> 私は、今回壁に頭を打ち付けて倒れた方には直接お会いしたこともあり、
> 本当に、胸が痛みます、、、、
>
> 長いですが、それだけの価値のある内容だと思います。
> ぜひご一読ください。
>
>
> ----------ここから原文----------
> アフガン弁護団、児玉です。
> R君(18歳)のことだけではなく、
> 牛久では14日、
> やはりアフガニスタン難民申請者A/J君(19歳)も自殺未遂をしています。
> 15日未明にも、首つりをしようとしたとのことです。
>
> さらに、詳細は別途送りしますが、
> 16日朝、アフガン難民申請者で収容中のE氏が、吐血したことが判明。
> 弁護団から、急遽申入れをしましたが、
> 牛久の職員は「血を吐いたからと言って医者に診せるとは限らない。」
> 「月曜日には診せる。土・日は様子を見る。」と言って、対応してくれません。
>
> 悲惨な状態になっています。
>
> この情報は、メディア・外部に出すときは、匿名でお願いします。
> (aya註: 対応済み)
>
>
>
> 報  告  書
>
>
> 当職は、アフガニスタン難民弁護団に所属する者であるが、
> 2002年2月13日、
> 弁護団依頼者の1人であるR氏(以下「R氏」という)が
> 入国者収容所東日本入国管理センター(以下「収容所」という)の
> 収容施設内で健康上の理由で昏倒した、
> また弁護団の依頼者であり被収容者であるA/J氏(以下「A/J氏」という)が
> 自損行為に及んだとの情報を受け、事実関係を調査するために、
> 同月15日、収容所次長東郷秀憲氏と会い、
> またQ氏(以下「Q氏」という)、A/J氏、R氏の3人と接見をしたので、
> その際見聞した事実を報告するものである。
>
>
> 2002年2月16日
> 弁護士 大 橋   毅
>
>
>
>
> 1 平川総務課長補佐との面談
>
> 10時40分頃、平川総務課長補佐と面談。要旨次の通りであった。
> (1)R氏は2月14日外部受診した。現在通常の状態である。
> (2)A/J氏は、自損行為をしたが別状はないと聞いている。
> (3)一昨日、R氏の件は次長に対しては報告があった。
> 課長補佐の平川が知らなかっただけである。医療の責任は次長である。
>
>
> 2 東郷次長との面談
> (1)10時50分頃次長と面談。受けた説明は要旨次の通りであった。
> ア 昨日児玉先生、福島瑞穂先生らから電話を受け、
> 仮放免の交渉の申し入れを受けたが、場を持つかどうかも含めて上申中。
>
> イ 一昨日よりの経過
> R氏は13日午後2時頃、ボスに会わせろと要求。
> 処遇室で面会中、椅子から崩れて手を床につく。腕が縮こまる状態。
> 医療室に搬入。看護婦が心電図をとった。
>
> 職員の判断で、外部医院に連れて行く必要ないとして扱った。
> 意識を失ったことはない。
> 翌朝一番に収容所の医師が診察。肉体的に問題なし。過換気症候群の疑い。
>
> 同日午後外部医院で診察、MRI、血液検査など実施。結果は未だ。
> 精神科の診察はしていない。
> 命に別状はない。
>
> 13日、センターの医師に連絡は、
> 休日で、ポケットベルで呼んだが連絡がつかなかった。
> ほかに、自損行為に及んだ件があると報告があるが大事に至っていない。
> 十分適切な処置をしている。ベストを尽くしている。
>
>
> (2)当職は、精神疾患に対する適切な対処をしないこと、
> 倒れてから20時間医師の診察を受けていないこと、
> いまだに精神科医の診察を受けていないことは不適切であると主張し、
> 仮放免の交渉の場を設けることを重ねて求めた。
>
>
>
> 3 A/J氏、Q氏、R氏との面会
>
> (1)3名同時に、午後1時50分頃より3時30分頃まで面会実施。
> ただし、Q氏とA/J氏との二人で面会を開始し、数分後R氏が入室した。
>
> (2)Q氏は、途中まで自らの日本語で話し、
> 途中から、当職と同行した通訳人による通訳で話した。
> A/J氏、R氏は通訳人を通じて話した。
>
> (3)面会の際の同氏らの供述を、できるだけ逐語で記録した。
> その記録は別紙の通りである。
>
> (4)要点のみ要約する。
>
> ア  R氏は、体調不良のため、
> 1週間に3回、外部病院受診の申請をしたが却下され、
> 体調不良と家族の安否の心配について収容所の上層部に相談するため
> 申請したが、13日午後2時これも却下されたことを契機として、
> 倒れ、意識朦朧となった。
>
> 医務室に医師はおらず、看護婦が睡眠薬らしき薬を飲ませた。
> 以後約30時間の記憶が定かでない。
>
>
> イ  A/J氏は、14日午前11頃、
> 収容所備え付けのはさみで、自らの体を傷つけた。
> さらに15日午前3時30分頃、
> 房内でパジャマで首を吊って自殺未遂をした。
>
> その理由について
> 「収容されて7ヶ月くらい。
> 薬飲んでもなおらない。どの医者も同じ薬を出す。
> 1日13個も飲んだら、体が悪くなる。
>
>   来たときは、アフガニスタンは危なかった。父も捕まった。
>   収容されては何もできない。我慢できない。
>  
> 私は日本が平和な国と思った。日本に来てからもすぐ収容された。
> 私だけじゃなくみんな毎日新しい病気になり、同じ薬を渡される。
>  
> 私は自分の国で命が危なかったから来たのに収容された。
>   UNHCRにも何回も電話し手紙も出したが、一回来てくれただけ。
>   人生がいらない。動物のようになった。
>   動物でも1日1回外に出る。犬も散歩する。
>   ここは毎日死ぬが、一回だけ死んだ方がよくはないだろうか」と述
> べた。
>
>
> (5)なお、R氏は車椅子を使用していた。
>   A/J氏は、話の途中で、頭を机に1回強く打ち付けた。
> またA/J氏の体には、腹に8、額に2、右頬に1、左頬に2の傷があった。
>
>
>
> 4 R氏は記憶が定かでないので、
> 彼の供述から一貫した経緯を確認することはできないが、
> 1〜3の聴取内容から、13日から15日午前までの経過を推定すると、
> 以下の通りと思われる。
>
>
> (1)13日以前の1週間 R氏は3回、外部医院受診の申請。収容所医師が却
> 下。
> (2)13日以前の2日間 R氏「偉い人に会いたい」との申請。
> 家族の心配と体調の相談のため
> (3)13日午後2時 職員がR氏に「却下、話は職員が聞く」との通告
>
>
> R氏興奮して大きな声を出し、意識朦朧となり、倒れる。
> かねてより体調不良のK/A氏、貧血で倒れる。
> Q氏及びイラン人が通訳として付き添い医務室へ。
> 医師はいなかった。
> 職員とQ氏がマッサージ施行。看護婦が心電図検査
> 看護婦が「なんでもないから薬を飲んで」
> 以前外部病院で処方した薬を飲む。
> 30分で手足を縮めて、眠って動かなくなった。
> Q氏自室に戻る。
> A/A氏に交替依頼。入管も了承。
>      4時30分頃 A/A氏自室に戻る。
> R氏児玉弁護士と接見。
>
>
>
> (4)14日午前10時頃 R氏収容所医師と会う。
> 午前11時  A/J氏自損行為。共用スペース備え付けのはさみで自分に切りつけ
> た。
>
> A/J氏、医務室に搬送、職員6人で取り押さえた。
> 11時45分 入管の要請でQ氏、K/A氏が医務室へ
> A/J氏、二人の説得で落ち着く
>
> 医者がQ氏に投薬について「これでどうでしょう」と相談し
> Q氏は「私は医者じゃないからわからない、あなたの責任」と答えた。
> 医者が投薬。
>
> A/J氏手が縮こまって寝た。二人は自室へ。
> 1時間後? A/J氏目が覚め、自室へ。
> 午後2時頃 R氏外部病院へ
>
>
>
> (5)15日午前3時半 A/J氏自室でパジャマで首吊り、5分後 救助   
>
>
>
> 別紙 面会記録
>
> Q氏
> 何回もお願いした。勉強したいから来た。この中で何の勉強をするか。
> 今まで「シャブ」を知らなかった。いまどんどん聞いている。
> まだ見たことがない。入管と日本政府が私に教えている。悪い人になってしま
> う。
>
> 医者も人のことを全然聞かない。私たちは人間である。動物じゃない。
> 医者でも前はK/Aさん(記録者注:弁護団の依頼者の1人)が
> 腎臓が痛いと言った。レントゲンを、睾丸のレントゲンを撮った。
>
> 監督さんに「これ間違いだ」と言ったら、「いいから出てなさい」と言った。
> 医者と監督の仕事をしないなら辞めるべきだ。
> 私はアフガニスタンで仕事ができるのになくて生活できなかった。
> ここでも偉い人にお願いした。切れた。何回もお願いした。
>
> お父さんの前でも頭をあんなに下げなかった。
> いろいろな国でいろいろ勉強したことがある。
> アフガニスタンの人を馬鹿と思っているのか。
> 昨日A/Jは人生がなかったと言って傷を作った。
>
> (Rが車椅子で入室)
>
> Q氏
> 偉い人と何回も話したいと、申請をした。話ができないと言われた。
> 難しいが無理はない。何で無理というか。彼(記録者注:R氏のこと)も
> 頭を何処でぶつけたかわからない。
> そして手足がかたくなって動かない。
>
> 彼も人間だ。まだ20歳にもなっていない。勉強したい。
> 明日アフガンに帰ったらどうと思うか。
>  
> A/Jは偉い人と話した。名前わからない。ちょっと失礼なことを言った。
> 僕も切れた。前は何年かロシアで戦った。私たちは国で血を流した。
> なぜこういうことをするか。
>
> 入管の人は、入管に入って、24時間働いて、また酒を飲んで、何もわからな
> い。
> 「すいません私わからない」で終わり。
>
> 私はアフガニスタン人
> (記録者注:後出する、
> 入管職員が「戦争をしている国の人だから」と発言したエピソードのことと思わ
> れ
> る。)。
> 今国はムジャヘディンになっちゃった。
> それは私たちのせいですか。
>
>
> 法務大臣が耳に何を入れたかわからない。毎日調べばかり。
> ここで誰か死んだら誰が責任をとるか。
> 入管、日本政府の責任になる。恥ずかしいことになる。
> 私も外で知り合いがいる。外に出たら電話をして世界にわかってもらう。
> 国連で恥ずかしいことになる。日本も世界の中。太陽じゃない。
> ここでも人間が住んでいる。人間として考えて欲しい。 
>  
> 昨日夜私はお願いした。Rは自殺すると言ったので、面倒を見るからと言った。
> 昨日の夜X(aya註:不明)も何回か自殺しようとした。
> 聞いたら「もうこの人生やだ、タリバン政府と同じだ、毎日殺す。
> 1日で15個薬を飲んでいる。人間は毎日薬を飲んだらおかしい。
> どうしてもしょうがない、薬を飲むしかない。」
>
>
> (記録者質問:おとといのことを教えて欲しい)
>
>
> Q氏
> Rは同じブロックだった。
> おとといのことは、私は一人の部屋で、電話をしたいという話をしたかった。
> ブロックの中で大きな声が聞こえた。
> 見たら、Rは倒れていた。ブロックの外の小さい部屋。
>
> 担当が手でマッサージをしていた。
> 「どうした」と聞いたら「わからない」という。
> 別の人に聞いた。
>
> 「(Rは)朝からボスにお願いしていた。
> 『偉い人に会いたい。家族もわからない、毎日薬を飲んでいる』」。
> ボスは「無理」と答えた。
>
> 彼は切れた「何で無理?」。
> K/Aから聞いた。倒れたときK/Aも血圧が下がって倒れた。
> 私が部屋から外に出たときに、倒れたままだった。
>
> 私は一緒に医者の部屋に行った。言葉がわかるから。
> もう1人イラン人の人も一緒だった。
>
> 部屋は看護婦さんだけだった。
> 私たちマッサージをした。
> 心臓のグラフィックをとった。
>
> 看護婦が、「なんでもないから薬を飲んで」と言った。
> 外の病院からもらっていた薬だった。
>
> 薬をあげたら、30分でRが寝てしまった。
> 手足を縮めて、動かない。
>
> 「あなたいらないからありがとう」と言われて自分は部屋に帰った。
> そしたらA/Aさんに、代わりに見ていて欲しいと頼んだ。
> 入管の担当に頼んで、一緒にいさせてもらった。
>
>
>
> 《以後通訳を介す》
> 4時30分頃A/Aが帰ってきたので、
> Rは弁護士さんと面会していると言われた。誰かわからなかった。
>
> 昨日は、
> 「Rがなぜ倒れたのかについて、ここの偉い人にRの前で話したい。」と頼ん
> だ。
> そのときは、私はここの偉い人と、5分だけでもいいから話したかった。
>
> そのことで担当と話していたら、アラームが鳴った。
> そのとき驚いて部屋に戻ったら、A/Jがいなくて、血が残っていた。
>
> いあわせた人に「A/Jさんはどこか」と聞いたら「病院だ」と言った。
> 昼の11時頃だった。
>
> 担当もびっくりしたので、「後でRさんのことを話します」と言って去った。
> 11時45分頃入管が私に「A/Jさんの状態が悪いから助けてください」
> 私の部屋のK/Aさんが年上なので、一緒に来てもらった。
>
> 私たち二人で医者の部屋に行った。
> そのとき6人がA/Jさんを押さえていた。
> A/Jさんは、自分がきたことがわからないで
> 「日本政府は何をするか、なぜ捕まえるか」と言っていた。
> そのとき私とK/AがA/Jさんにお願いして、
> 「少し我慢してください」と言った。
>
> そのときA/Jさんは右手が動かない感じだった。
> そのとき医者が二つ薬を渡した、睡眠薬を。
> 医者が私に「これでどうでしょう」と言った。
>
> 私は「私は医者じゃないからわからない、あなたの責任」と言った。
> 医者が薬を飲ませた。手が縮こまって寝た。
> 「医者が帰りなさい」というので部屋に帰った。
>
> A/J氏
> 1時間くらい寝てから、目が覚めたら医者のところだったので
> 「部屋に戻りたい」と言って戻った。
>
> そして夜3時半まで全然寝なかった。
> この人生はいらない、と思った。
>
> みんなが寝てから、首にパジャマをかけ、天井からぶら下がった。
> 5分ほどそのままで、入管の担当が来て、部屋の人もわかって助けた。
>
> Q氏
> 入管の人が、朝8時まで部屋の隣に待っていた。
> 今朝9時に担当が来てA/Jさん、K/A、私に、「偉い人と話してください」。
> 何かあったときに相談をする部屋に行った。
>
> 職員が12人くらいいた。
> その中の1人が、12月に約束した人だった。
> 「1ヶ月したら良くする」と約束したが、なにもなかった。
>
> (aya註: 昨年末にハンストをしていた人たちがいましたが、
> 体調悪化して病院送り、などという事態が
> アフガン復興会議に重なると非常に外聞が悪い、ということで、
> 入管のほうから、上記のような口約束をしてハンストを止めさせた、
> ということがありました。その約束のことかも知れません。
> 未確認ですが、、、)
>
> もうひとりは、私たちに
> 「戦争をやっている国の人だから」と言った人だった。
>
> そのとき私は、
> 「他の国が攻めて来て戦争をしたのだ。
> 自分たちは国を守るために戦っただけです。
> 他の国が法に反しているのではないですか」と言った。
>  
> 私は、偉い人に
> 「ここの入管の他の人と話したくない。一番上の人とだけ話したい。
> ここも刑務所、彼らのところも刑務所。
> フリーゾーンのこともわからない。
> 戦争をわからないのに、戦争のことを話す。
> わからない人は話をしない方が一番いい。自分も悲しくなる。」と言った。
>  
>
> 自分はいらいらして、
> 今度偉い人と1対1で話したいと言って、1人で部屋に戻してもらった。
> 頭に来た。
>
> 入管の目的もみんなの頭をおかしくすることではないか。
> 悲しくさせて、自殺をすると、ビデオカメラをもってきてビデオを撮る。
>
>
>
> R氏
> (記録者質問:医者に会う申請をしていたか)
>
> 1週間前から3回手続をした。
> 医者(記録者注:収容所の医師のこと)に頼んだ。
>
> 「病気です」と言ったが「病気じゃない」と言われた。
> しょうがないから「我慢できません、病院もういい」と言った。
>
> 2日前から「偉い人に自分の家族の相談をしたい」と申請した。
> 担当が来て、「私に言え」というが「私は話したくない」と言った。
> 「どうしても上の人に会うことができない」と言われた。
>
> 頭がおかしくなって扉に頭を打ち付けてわからなくなって倒れた。
> 目が見えず、手が開いたまま動かず、足も動かなかった。
> 偉い人が来た。ビデオカメラをもって撮っていた。
> そのことはQが後で教えてくれた。
>
> 私がわからないうちに医者に連れていった。
> 意識がなかったのでどこだかわからない。
>  
> Qと一緒にボスに話した
> 「月曜日に代わらなければ自殺する。その責任はあなたにある」。
> ボスは「私は何もできない」と言う。
> 「自殺しても関係ない」という。
>
> Qさんが「あなたが関係がないなら誰の責任か」
> 「待っていて」。
>  
> 私は「我慢できない。月曜日まで待ちます。その後自分でやります」と言った。
> 頭もおかしくなったのでレントゲンを撮った。
> レントゲン写真を自分で見た意図言ったが、見せなかった。
>  
> 今、足も頭も痛いので、足が治ったら先生とボスに話したい。
> いくら言ってもこちらは変わりません
>
> A/J氏
>  私のこともビデオを撮った
>
> R氏
> そのときは二人の担当者が手足を、Qさんが胸をマッサージ。
> この人生はいらない
> 今度は自分が自殺するがその前に入管担当を殺したい。
> 入管職員が「私たちは力をもっている」と言う。
> 私は、「それなら私は悪いことをしたんですね。
> 日本に難民申請をしたんだから。」と言った。
>
>
>
> A/J氏
> 今日担当からどうして自殺すると聞かれた
>
> 「収容されて7ヶ月くらい。
> 薬飲んでもなおらない。どの医者も同じ薬を出す。
> 1日13個も飲んだら、体が悪くなる。
>  
> 来たときは、アフガニスタンは危なかった。父も捕まった。
> 収容されては何もできない。我慢できない。
>
> 私は日本が平和な国と思った。日本に来てからもすぐ収容された。
> 私だけじゃなくみんな毎日新しい病気になり、同じ薬を渡される。
>  
> 私は自分の国で命が危なかったから来たのに収容された。
> UNHCRにも何回も電話し手紙も出したが、一回来てくれただけ。
>  
> 人生がいらない。動物のようになった。
> 動物でも1日1回外に出る。犬も散歩する。
> ここは毎日死ぬが、一回だけ死んだ方がよくはないだろうか」
>
>
>
> Q氏
> UNに言って欲しい。何も助けてくれなかった。これからも何もしないだろう。
> 何かあったら責任はUNにある。誰か死んだらUNに責任がある。
> ひとりアフガニスタン人が死んだら1人ここの日本人も死ぬ。
> 私たちはおもちゃじゃない。
> ロゼーロに何回も電話した。
>
>
>
> R氏
> 入管のやることとタリバンのやることは同じだ。
>
> (記録者質問。以下同:おととい児玉にあったことは覚えているか)
>
> 面会が終わってから3つの注射をした。
> (自分で覚えているか)わからない。針の後がある。両腕にある。
> (いつ気がついたか)テープがあって、意識が戻ってから、テープを取った。
> (いつか)おととい
> (何時か)覚えていない。
> (部屋で意識が戻ったのか)自分の部屋。入管の担当がいた。
> 昨日の朝、気がついた。
>
> (昨日の朝までのことを覚えていないのか)覚えていない
> (昨日の朝のことで覚えているのはどんなことか)昨日ずっと寝ていた。
>
>
>
> Q氏
>
> 昨日はRはずっと寝ていた。
> 1時頃外の病院にあった。
> 朝はセンターの医者にあった。
> 何も診ないで「外の病院に出してください」とだけ書いた。
>
>
> 児玉先生からのFAXを見せられたのでそれを破いた。
> 「FAXいらない外に出たい。今日必ず行きたい。できなかったらやります。」と
> 言った。
> 「順番」と言われたが、「病気に順番はない。死んだら何の順番ですか」と言っ
> た。
>
>
>
> R氏
>  
> 昨日朝私テープがあってはがした。夜まで寝た。
> センターの医者が私を診て1時5分に・・・
> (記録者注:記憶が混乱してわからない様子)
>
> (記録者質問:センターの医者にあったことは覚えているか)
> 覚えていない。頭が回る。
>
>
>
> 《ここで記録者は、A/J氏の傷を素描した。
> A/J氏は腹に8、額に2、右頬に1、左頬に2の傷があった。
> スケッチを添付する。
> 同日午前中にA/J氏と面会した通訳人によると、
> A/J氏は朝は首が赤く腫れていたとのことである。》
>
>
>
> A/J氏
>
> (記録者質問。以下同:はさみで切ったのか)
> そう。入管の担当と奪い合って、指を切った。
>
> (はさみは置いてあるのか)
> 髪を切るために置いてある。持って行けないようにチェーンで繋がっている。
> はさみを奪うために6人が来た。そうでなければもっとひどくした。
> 待っている状態が一番ひどい。
>
> (切ってから、センターの医者に行ったか)はい
> (外の医者には)7ヶ月の間1回も外の病院に行っていない。
>
>
>
>
> R氏
> (足は)動かない。
> (トイレは)Qが助ける。
> (手は)ときどき動かない感じになる
> (足はあげることは出来るか)少しずつはできる
> (足は叩くといたいか)わかる
>
> Q氏
> (今の部屋は)A/J、D、Yが一緒。A/AとK/A、R、Qが一緒。Rは昨日の夜から
> 一緒。
> ===================原文ここまで================================
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