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神の畑と舞う田んぼ(2)
シュタイナー教育とわが家

合 原 弘 子

 田舎暮らしを始めるきっかけとなったことはいろいろありますが、その一つにシュタイナー教育があります。
 わが家はアメリカで、長男を3年間シュタイナー幼稚園と小学校に入れ、わたしはシュタイナー教育の教師養成過程で勉強し、資格をとりました。そこで経験した世界が、日本に帰ったときにはもう都会に住みたくない、と思うようなものだったわけです。今回はその経験について書いてみたいと思います。

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生まれて初めて、「大人」を見たように思いました

 最初にシュタイナー幼稚園を見学したとき、わたしは、今まで幼稚園というものに抱いていたイメージと全く異なるものを見ました。がちゃがちゃ子どもが走り回っていてうるさい・・わたしはそれまで、幼稚園というのはそういう世界だと思っていたのですが、その幼稚園は、とても静かで落ちついていました。室内は、プラスティックのものが全くなく、木など自然なものだけで、とても落ちつける、美しいものでした。子供達は水彩で色を遊んでいたのですが、誰も一言も言いません。そして、それは「おさえつけられて」静かなのではなく、絵に集中していて静かなのだ、ということがわかりました。
 この幼稚園を見たとき、なんといったらいいのか、この人たちは、全く違う世界をここに作ろうとしている、天国をつくろうとしているんだな、と思えました。初めて見たのに懐かしい美しさなのです。そう感じたのはわたしだけではなく、ほかにも、初めてシュタイナー幼稚園を見たとき、涙が出てきた、と言っていた人を知っています。
 それで、長男のアキラを幼稚園に入れました。初めて幼稚園から帰ってきたとき、「どうだった?」と聞いたときの彼の答えは、今も忘れられません。彼は、「あのね、おもちゃのとりあいになったの。それで、ケンカになりそうになったとき、先生がやってきて、『それはアキラが遊んでいたものよ』って歌ったんだよ。それを聞いて、僕はそのおもちゃをその子にあげたんだ」
 アキラは幼稚園の先生を非常に信頼していました。先生達は絶対にヒステリーをおこたりしないよ、と。私から見ても、先生たちはとても信頼できる人たちでした。生まれて初めて、「大人」という人たちを見たように思いました。思い返すと悲しいことですが、私は日本で30何年生きていて、自分の親を含めて、「大人」と思える人に会ったことがなかったんだなあ、と思ったのです。「大人」という顔やふるまいをしているが、その下には幼児が居る、そういう人しか、回りにはいなかった。だから、ああいう人のようになればいいのだな、と自然に思える人と出会えたということだけで、本当にありがたいことだと思ったのです。

単純な、何の刺激もない美しさに感動できる感受性

 幼稚園に入る前に、テレビは今後絶対に見せないように、もし影響が見られたらやめていただくかもしれませんという通知が来ました。「子どもが退屈だと訴えたら、それでいいのです、子どもは退屈させるべきなのです。退屈して初めて、子どもは、自分で遊びを作り始めるのです」とありました。それをきっかけにテレビをやめました。
 テレビをやめて良かったと思うことは多々あったのですが、ある日、子供達が先生の指人形劇を見ているところを見ていたときもそうでした。そのストーリーはとてもシンプルでした。
 「ずっと羽が欲しいと思っていた芋虫がいました。いつも、大地のおかあさんに、もうすこし待ちなさい、と言われていたのですが、あるとき眠くなってねたら、起きたときには羽が生えていました、ちょうちょになっていたのです」というだけのお話。でもその人形劇は、全然子どもに「こびて」いず、大人も引きつける力があり、美しいものでした。そして、私は劇を見ているアキラを見ていて、彼が泣いているのに気が付きました。あとで、彼に、「泣いてたね」と言ったとき、彼は、「見てたの?」と恥ずかしそうにして、「きれいだったから」と言いました。
 そういう、とても単純な、何の刺激もない美しさに感動できる感受性というのは、テレビを見ていたら育たなかっただろうなあ、と思ったのです。
 シュタイナー教育についてはいろいろ語りたいことがありますが、何よりも、単純な、何の刺激もない美しさに感動できる感受性を育ててくれたことを、ありがたく思っています。それは、自然の美しさに気付く道でもあるからです。
 わたしは、自然の美しさを感じるようになったからこそ、もう都会には住みたくない、としみじみ思うようになったのだと思います。たとえば、音楽などに感動したとき胸が熱くなりますよね、そういう「胸での感じ方」を、自然の美しさにも感じるようになったのです。空や山を見て、ああきれいだなあと思うときに。そして、その美しいものと自分が、同じものからできている、ということを思うとき、ありがたいなあと思うのです。
 今わが家の子どもたちが通っている日本の小学校は普通の公立学校ですが、田舎のせいか、子供達も素朴な子が多いし、田んぼで餅米を作って餅つきをしたり、そばを作ってそばうちをする、などの経験をたくさんさせてくれてありがたいと思っています。
 そして、「田舎は、空気とかが澄んでいてきれいですねえ。住んでいる人も、存在が澄んでいるように感じます」と都会に住む友人が言っていましたが、たしかにわたしも、例えばおじいさんやおばあさんの表情が、とても美しいなあと思うのです。子どもは自分の回りにある環境を真似て育っていく、というのがシュタイナー教育の根本にある考え方なのですが、自然環境自体が持っている力は、根源的な教育力だなあと感じている毎日です。


【BOOKS】
日本で出ているシュタイナー教育に関連した本はすごーくたくさんありますが、誰にでもとっつきやすい良書としては、以下の2冊だと思います。

・子安美智子『ミュンヘンの小学生』(中公新書)

・子安美智子『ミュンヘンの中学生』(朝日新聞社文庫)

93=1999年2・3月号

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