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野生動物の救急病院

取材・文:小黒藤恵

馬場先生とボランティア

 今年の初春のこと、いつもクルマで通る道沿いに、可愛らしい木造の建物が建ち始め

た。

 風見鶏が立つとんがり屋根の時計台。白樺の木、小さな池。外観は、レストランかカフ

ェテラス、はたまたペンションかとも思える瀟洒なたたずまいである。排ガスとクルマの

騒音の中、なぜか高原の避暑地のようにゆったりとした時間が流れている不思議な空間な

のだ。いったい何か出来るのか、その道を通ることが私にとって楽しみの一つになった。

 ある日のこと、その建物の前に一人の男性が立っていた。地元で動物病院を開業してい

る獣医師、馬場国敏先生である。馬場先生は、湾岸戦争の時、重油まみれになった水鳥救

助のためにペルシャ湾へ駆けつけたことで有名な獣医さんである。また、それ以外にも野

生動物救護活動の実績を多く積んでいる。いったい何が始まるのだろう。私のワクワク感

は益々募った。

 4月が近くなった頃、看板ができた。

  川崎野生動物救護・自然環境教育協会

     野生動物ボランティアセンター

  「人とすべてに おもいやりと感謝を

   自分には努力と勇気と そして喜びを」

 私はそれを目にして、思わず急ブレーキを踏み、看板に見入ってしまった。野生動物

護のための動物病院かも知れない。いやきっとそうだ。

 ボランティアセンターは4月にオープンした。やはり設立者は馬場先生だった。テレビ

や雑誌等、マスコミで何度も紹介され、私はその活動内容と、先生の心意気に感動して

まった

 野生動物には当然飼い主はいないわけで、治療費はもらえない。それなのに、1億5千

万円もの借金をしてこの施設を設立してしまったというのだ。大赤字どころの騒ぎではな

い。

現在の経済運営は、活動に賛同してくれる会員やスポンサーからの会費、動物グッズの販

売、賛助者からのカンパによって賄われている。また、「環境づくりは人づくりから」と

いう考えから、学生や一般成人のボランティアを募り、その養成にも力を注いでいるとの

こと。そして、それぞれが無理せず「自分にできること」を手伝うことも戦力となってい

るようだ。近所の商店から、入院中の動物の餌として野菜クズや食パンの耳が届けられた

り、主婦が日中、手の空いた時間に手伝いに来たり、汚れた動物を洗う流しとして、お蕎

麦屋さんが業務用シンクを寄付してくれたりと、多くの人の気持ちが結集して、センター

は熱く稼働している。

 野生動物には国境も宗教も政治も思想もない。欲張らず、自分の住処と必要な餌だけを

確保し、慎ましやかに生きている。その中で、私利私欲のために地球という星をわが物顔

で切り刻み始めているヒトという愚かしい生き物。その愚かしい生き物の犠牲になり、命

を落としたり傷ついている野生動物。このセンターには連日、交通事故に遭ったタヌキ

や、マナーの悪い釣り人が放置した釣り糸(針)で瀕死状態になった水鳥、電線に激突し

た野鳥等が運び込まれる。傷ついた野生動物の多くは、人工物による事故なのだ。センタ

ーには、獣医師と動物看護士が常駐し、事故に遭った彼らを24時間体制で受け入れてい

る。

 文明というものの恩恵で温々と暮らし慣れた私たち現代人は、弱者となってしまった野

生動物のことを少しでも考えたことがあっただろうか。便利さの陰で彼らにどんな迷惑を

かけているのかを反省したことがあっただろうか。手当を受け、入院している野生動物た

ちに会って、改めてヒトの生活というものを考えさせられる。一羽の鳥、一匹のタヌキの

命を助けることが直接の環境保護につながるとは言えないし、更に言えば、環境が整って

いないのならば、たとえ手厚い治療を受けて元気になり、自然の中へ戻ることができても

また危険な目に遭う恐れは十分ある。しかし、その前に「命」について考えたい。そし

て、この地球で彼らとどう共生して行くかという問題提起の場として、多くの人にアピー

ルすることが大切なのだとこの瀟洒な建物は主張しているのだ

「この世に生を受けたものに無駄はないんだよ。それぞれに役割があるからこそ生

きているんだ。君たちも、自分は勉強ができないから生きていても仕方がないと

か、自分は駄目な人間だなんて思ってはいけない。そして、お友達もそれぞれにみ

んな役割をもって生きているのだから、大切にしなければいけないよ」

 これは、小学生向けの講演会の締め括りに、馬場先生が語ってくれた言葉だ。

 この活動を多くの人にアピールし、「ヒトが野生動物にしてしまったこと」を直視して

もらうことをきっかけとして、単に「怪我をした動物」というだけではなく、環境へ、そし

て社会へ、自然環境とヒトという生物との関わり方、更には人と人の関わりに思いを広げ

ることができるのだ。このセンターの存在は、そういった意味でも、殺伐とした事件が多い

現代社会へ投げかける提言でもあると言えるのではないだろうか。


ボランティアに参加して

 将来、動物関係の仕事をしたいと思っている私は、友達と一緒にセンターのボランティ

アに参加しています。獣医さんや、動物看護士さんや、先輩ボランティアからいろいろな

ことを教わりながら、傷ついた野生動物のお世話をする仕事です。色々な人たちと出会え

て楽しいし、なによりもケガをした動物たちが元気になってくれることがとてもうれしい

です。人間が自然環境を変えていることで、野生動物たちが被害にあっているということ

も知り、この活動を通じて、自然環境のことや、地球に優しい暮らし方のことなども、考

えるようになりました。           (私立橘女子高等学校1年 小黒つぐみ)


野生動物ボランティアセンター

(川崎野生動物救護・自然環境教育協会)

〒211-0042 神奈川県川崎市中原区下新城2−1−28

電話・044−777−8243 FAX・044−777−8368

インターネットホームページ http://member.nifty.ne.jp/kawasaki-wildlife/

 年中無休

 開館時間・午前10時〜午後7時

 見学時間・正午〜午後5時

 会員・ボランティア随時募集

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