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第9回

くろいものときんいろのもの

 (取材・文:ほった さとこ)

  戸高優美さんはわたしの大切なともだち。最近優美ちゃんはキラキラしていて
素敵です。高校時代はバンドでボーカル、大学では野外教育の勉強をして、アウトワード・バウンド・スクール長野校で働き、24歳で結婚。30歳まで登山家のつれあいの戸高雅史(マサ)さんとヒマラヤへ遠征へ行き、キャンプ生活をしたりしていました。
 いまは、今年2月に二人めの子どもを出産。風ん子(自主保育グループ)を率いて、今日もわくわくした1日を過ごしていることでしょう。
 輝いている35歳 の言葉をみなさんに。特に20代から30代の女子へ、優美ちゃんの声を届けます。

── 初めて会ったのは、一人めのちさとちゃんの妊娠がわかった頃だったね。
優美☆ キャンプの仕事が好きだったから、なんで女だけが子どもを産まないといけないんだとか思ってたよね。宿泊が絡む仕事だから子どもが出来たら引退しなきゃいけなくて。
── ちさとちゃんが大きくなってきて自分の世界に戻れるかなっていう時に、ヒカリちゃんが出来たんじゃないかと思うけど、いまはどう。
優美☆ かわいいよ〜。ちさとの時は未練があったから「なんで自分ばっかり。マサおっぱいあげてよ!」みたいなさ。でもマサはおっぱいをあげた。ちさとはそれで安心するの。泣き止んでたもん。お乳が出る出ないじゃなくて、おっぱいっていう行為そのもので満足する。マサは男であるところをとっぱらってちさとを愛してあげたから、すばらしいと思うよ。
 ヒカリを妊娠した時には、次はあなたよ!って出産もいけそうな気がしたんだけど、だめだったなあ。はははははははは。でもマサもちさとも立ち会っているし、ヒカリがわたしたち3人の中にほんとに降りてきたっていうお産だった。よくきたねっていう感じ。3人でがんばったしね。前置胎盤では治療入院と言われたけど、家族みんなで自然分娩をしたくて協力してきたでしょう。ヒバ湯を3ヶ月続けて、草や自然は私たちが信じてお願いすれば人間に力を与えてくれるってことをからだを通して知ることができた。
 里帰り出産で実家に帰ると、自分の根っこのネガティブな面に向き合わなきゃならない。父がちさとを躾けようと感情的に注意することにわたしは反応しちゃうの。自分に言われて嫌だったことだって。その時の自分に戻っていっちゃうことがある。親から受けたネガティブな連鎖を断ち切ることって大切なんだと思う、難しいけど。
 父が助産院に来たときにね、ちさとをすごい怒ったわけ。助産院中がひやっとなって、周りの空気も割れちゃって。わたしはお父さんなんか早く帰ってよって思ったの。夜にヒカリと寝ている時、父に怒られて納得できず、お父さんなんか死んじゃえって思っていたなぁとか、小さい頃を思いだしたの。そしたら天井から黒いものがきて金縛りにあった。うわぁ〜、この気持ちを解かないと連れていかれるって思った。お父さん、ごめんなさい、そういう気持ちを持ち続けてはいけないって、自分で捨てたの。そしたらふ〜っと解けたの。いかに、そういう邪気みたいな気持ちが自分自身を捉えているのかってことがね、すごい体験だったの。
 産後3日目でからだがピュアっていうのもあるし、そこは赤ちゃんが産まれてくる現場じゃん。助産婦さんの気迫みたいな、何があっても産ませるっていう気合いがあるの。責任を負っているわけ。いのちの現場って独特の力があるんじゃないかな。
 ちさとを産んで入院している時に2階でも出産があって、産まれた瞬間のオギャーオギャーオギャーっていう声に、ふわんふわんふわんってね、『アイヌ神謡集』の「銀の滴降る降るまわりに銀の滴降る降るまわりに」っていう詩みたいに、金の光や金の粉がね、赤ちゃんの声と一緒に落ちて来ているのを見てね、神秘的な体験だった。3ヶ月になった時に神社にお宮参りにいったら、しゃんしゃんしゃんって鈴を振ってくれて、あっ、この鈴の音一緒だって思ったの。祝福の鈴だってね。ちゃんとあるんだって驚いた。生まれるってことは、もうそれだけで祝福なんだって思った。
── 色や音って昔はもっと見えたんだろうね。わたしが習っているフラは薄いピ
ンク色に金色の粉が揺れながら光っている感じで心地いいよ〜。
優美☆ 心の深いところから気持ちいいっていう体験を共有できた時に、ネガティブな塊みたいなものがみんなによって治療されているような時ってある。風ん子でやりたいのは、母と子が創り出した喜びを家族のところへ持っていって、その幸せな空気が社会につながって広がっていくようなね。そしたら、子育ても楽に、自分も生きていけるじゃんっていうのをやっていきたいんだよね。 


写真:ちさとちゃんとヒカリちゃん
(写真上は優美ちゃんとちさとちゃん)


No.130=2005年5・6月号

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