amanakuni Home Page | なまえのない新聞ハーブ&アロマテラピー | 八丈島の部屋

連載エッセイ・神の畑と舞う田んぼ(6)

「世界を全身で信頼する」子どもたちに

合 原 弘 子


 わたしの長男は今、地元の公立中学に通っています。小学校は田舎の小さめな学校で、のんびりしたよい学校だった(卒業式に生徒が全員泣いてしまうような、すてきな学級でした)のですが、中学はいくつかの小学校区から生徒が通っている大規模校で、しかもかなり荒れた生徒たちがいることで問題になっています。
 荒れた生徒も問題、中間層の生徒もそれなりに問題、学校の対応も問題……と、親にしてみるといろいろと心配は尽きません。
 自分の子どもも含めて、病気になってしまう生徒がとても多かったり、不登校の生徒がとても多かったり、あるいは「あの子をいじめろ」というメモが回っていくという話しを聞いたり。学校もどうやって対応したらいいのかよくわからないようです。基盤が崩れつつあるのに、対症療法的なことしかできていない、といった感じでしょうか。
 それでは、基盤とは何かといえば、自然と共同体が子どもを育てていく、ということだと思います。今まで人間社会がもっていた子育ての方法は、自然と共同体が子どもを育てるというものだったのですが、そのシステムが近代化、現代化の中で崩れてしまったのだと思うのです。
 たとえば今の子どもは、田舎に住んでいても外で遊びません。家の中でテレビとテレビゲームによって「遊ぶ」ことがふつうです。自然から離れ、人間同士の共同体も崩壊した中で、育っている子供達なのです。
 かつては、人間どうしが助け合わないと生きて行けない、という基盤があったからこそ、「規範」やルールも意味をもっていたわけです。しかし今の子供達には、その基盤はもう、現実感を持ったものではありません。そこで、社会的に見ると「異常な」子供達が大量に生まれてきてしまっています。そして、規範を強制的に「教育」しようとする動きも出てきているわけですが、基盤が再生されないかぎり、「不自然な規範」が強制されるだけでしょう。 

 目つきの暗い中学生とかを見ると、かつての体験を思い出します。
 わたしは昔、心が開いた感じになった時があるのですが、そのとき、子どもが本当にかわいく見えたのです。そして、かわいいなあ、と思って見ていると、駅の雑踏で知らない子どもが寄ってきて「こんにちは!」と言ってくれたり、外で友だちと遊んでいた子どもが、ただ寄ってきてにこにこ笑っていたり、あるいは、自分では動けない赤ちゃんでも、からだを寄せてきたがったり、してくれたのです。
 心からかわいいなあ、と思って見ると、子どもたちは、その人の心が開いている、ということを敏感に感じるようなのです。子どもはもともと心が開いている存在だからです。大人はふつう、心を閉じて生きていて、そういった世界があることになかなか気が付けないようなのです。
 そして、暗い目つきをした中学生たちも、ほんとうは、こんにちは!と知らない人に話し掛けるような世界に生きることができるはずなのです。ただ彼らは、わたしたち大人のあり方を学んで、心を閉ざしているだけなのです。
 
 赤ちゃんは、「全身が感覚器官」であるかのように世界に向かって開かれた存在であり、世界をそのまま写し取るように、自分の中にとりこんでいく存在です。世界や大人の有り様がどうであれ、それをそのまま受け止め、とりこんでいくのです。
 彼らが聞き、見、感じ、学ぶものが、そのまま彼らを形作って行きます。理解しがたい残酷さなどを見せる青少年も、この世のあり方をそのまま見せているだけなのです。わたしたちが「言葉」で彼らに教えることではなく、わたしたちの存在のあり方全体が、かれらを形づくっているのです。つまり、心を閉ざし、自然から離れ、他者からも切れている大人たちが、彼らを作っているのです。

 けれども、なぜ子どもがそのように自分を開いているか、といえば、子どもは世界を信頼して生まれてくるからです。全身で信頼して、全身で学ぼうとして、この世に生まれてくるのです。そしてこの世をすなおに吸収していくのです。ただ、彼らが吸収するものは、今のところ悲しい世界ですけれど……。

 そのように心を開いて生まれてくる子どもたちに、このように生きれば幸せに生きられるよ、と存在のあり方として伝えていけるように、なりたいと思います。前にもこの連載で書きましたシュタイナー教育は、そういった願いを、この現実の中で実現していくにあたって、とても参考になることが多いものだと思います。
 わたしはアメリカのシュタイナー学校に在籍していたとき、子どもをシュタイナー的に育てている人たちが「わたしのバイブル」と呼ぶ本について知りました。読んでみるととても智恵にあふれ、しかも実際的なアドバイスにあふれた本なので、これはぜひいつか、日本の人たちにも紹介したい、と思いました。
 それから何年かたってしまいましたが、やっと最近、その本を翻訳、出版することができました。
 「親だからできる赤ちゃんからのシュタイナー教育」(ラヒマ・ボールドウィン著、学陽書房)です。
 
 ハイテク時代の教育はどうあるべきか? 働く母親の問題は? 離婚は? 誘拐や犯罪はどうやって子どもに伝えたらよいのか?――などなどといった現代の問題と正面から取り組もうとしている内容は、とても興味深いと思っています。心開いて生まれてくるこどもたちに応えたい、と思っている方がたに、読んでていただけたら、と思っています。



なまえのない新聞のHome Page

amanakuni Home Page