トランスヒューマン(AI超人)出現 (その2)


         

AIが自分の意思を持つようになる

 オックスフォード大学哲学教授ニック・ボストロム氏は、2014年8月に『スーパーインテリジェンス』=超知性)という本を出版し、機械やコンピューターが人間社会を占領するリアリティについて語った。スーパーインテリジェンスの概念は、人工知能研究に携わってきた人々の間では目新しいものではない。簡単に定義するなら、自己認識能力を有し、自らをよりよくするために必要なことをこなせる人工知能である。このレベルに達したAIはもはや機械ではなく、また出発点のプログラミングの内容に関係なく、自らの意思と欲望を持つようになるという。

 今、シリコンバレーで最もホットなアイテムといわれているアマゾン・エコーという機械がある。アメリカのアマゾン・ドット・コムが販売するスピーカー型音声アシスタント端末で、アマゾンが手掛けたハードウェアの中で最大の成功となった商品だ。核となるのはAIテクノロジーだ。まだ英語版しか商品化されていないようだが、エコーが驚異的なのは、まず「耳の良さ」であると言われている。ユーザーの言葉を的確に理解し、まるで生身の人間と話しているような答え方をする。中核となるテクノロジーは、クラウドベースの人工知能“アレクサ(Alexa)”だ。様々なものをインターネットと連動させることをloTと言うが、アレクサ・テクノロジーで機械と人間の距離がさらに縮まった。
 たとえば、次のようなことができる。ここに挙げるものはアメリカではすでに専用アプリが販売されている。

 ・7分間エクササイズ ・株式売買の管理 ・音声による家電の完全操作

 ・単語ゲーム ・音声操作によるインターネットバンキング

 AIを活用した自動会話プログラム“チャットポット”はこれまでも存在していた。
 インターネットを利用し、主として文章を媒体としてリアルタイムの双方向方コミュニケーションを実現できるシステムだ。アレクサの出現によって、チャットポットの進化が一気に進んだと言われている。シリコンバレーでは、生身の人間と話すよりもチャットポットの方が楽しいし、過ごす時間も長いと公言する人が多くなっているほどだ。
 チャットポットが相手なら文句を言われることもないし、個人的な趣味や嗜好性に合った話ばかりできる。しかし、機械とここまで仲良くなることが、本当に人類のメリットになるのかは、疑問と違和感を感じざるを得ない。こうした状況の先にあるものが、人類の総進化、あるいはホモ・デウスへの道筋なのだろうか。ここで、もう一度、ユヴァル・ノア・ハラリ教授の示唆的な言葉を記しておきたい。
「一部の人間は神のようにスーパーメモリーとスーパーインテリジェンス、そして不死性を手に入れるが、大部分の人類はそこまで行かずにとどまるはずだ。19世紀中、工業化にょって労働階級が生まれたが、21世紀はデジタル化が進み、新しい階級が生まれる。それは“無用者階級”である」

 きわめて近い将来に無くなることが必至の職業のリストも、項目が増え続けていると言わざるをえない。イーロン・マスクのテスラモーターズは「人間が運転するよりも安全性を大幅に向上する」ことができる自動運転機能対応のハードウェアを搭載したクルマを既に販売している。この技術に関しては、日本の国土交通省も認可の方向で話を進めている。こういった革命的テクノロジーにより、世界のロジスティックスの様相が一変することは想像に難くない。
 それだけではない。株式売買はすでにチャットポットのレベルで、しかも音声対応でこなすことができる。これを仕事にしている人たちの現場はどうなっているのか。
 ブルームバーグ社のサイトに2016年2月18日にアップされた記事によれば、“モデルツリー”と呼ばれるAIの分析手法によって、過去数年間の市場データパターンからいくつかの局面を作成することができる。それを元に株価を予想する。的中率は既に70%を達成している。下手なトレーダーよりもAIの方がデキるのだ。

 2045年に訪れると言われている技術的シンギュラリティを機に、人間から多くの仕事が奪われるという予測はかなり昔からあった。そして、「ホモ・デウス」によってAIを筆頭とする機械の進化が数十年という短いスパンで起きることも分かってきた。
 人間から奪われるものは仕事だけではない。自由意思や自発的思考、アイデンティティといったものを自分のものにしておくのも難しくなるかもしれない。そのための手段やテクノロジーは、すでに成熟期に入っている。

リアルな仮想世界(VR.AR)がディストピアをもたらす

 アメリカで毎年開催されている電化製品の大規模見本市「コンシューマーズ・エレクトロニクス・ショー」。昨年あたりからゴーグル型のゲーム機器の出品が目立つようになった。この主の実際に頭部に装着するタイプの機器はVRヘッドマウントディスプレイ(HMD)と呼ばれている。HMDを装着してジェットコースターに乗ったり、高いビルで鉄骨を歩いて渡ったりする場面を“体験”している人たちの映像は、テレビなどでもよく見る。VR=ヴァーチャルリアリティという言葉が認知されるようになってかなり経つが、今やAR=拡張現実、が時代の主役になりつつある。
 VRはヴァーチャル=仮想という言葉が使われているとおり、リアルな映像をたとえばHMD内のスクリーンに投影するという方法だ。これに対し、ARは現実に存在する景色にヴァーチャルな視覚情報をいわばトッピングする技術だ。身近な例を挙げるなら、いうまでもなく『ポケモンGO』だろう。

 VRにしてもARにしてもHMDがプラットホームになる。そしてARに関して言えば、周囲の現実はそのままで通勤中にインターネットで情報を得たり、3カ国間のテレビ電話会議を行ったりといったことを今よりも快適な形で行えるようになる。
 そして現在、QR=Quasi Reality(準現実)というテクノロジーが台頭しつつある。VRとARの可能性を相互補完する新しい方法論と説明されることが多いが、その本質は明らかになっていない。なぜ明らかになっていないのか。それは、意図されている用途が特殊だからだ。
 QR=準現実テクノロジーの目指すもの。それは、エンターテイメントを通じて進められる一般大衆の愚民化にほかならない。
 現代は、ネット環境さえ整っていれば誰とでも「つながる」ことができる。しかしそれは、深入りすれば、自分の周囲の物理的に存在する世界との乖離を意味する。自分の身体を含むリアルワールドとの断絶だ。そして、たとえば先に紹介したHMDを媒体として、自分の周囲という直近の現実世界との隔絶がますます進んでいく。

 フェイスブック社は、「オキュラス・リフト」というHMDを積極的に展開している。
 CEOのマーク・ザッカーバーグは、ソーシャル・メディアだけでなく、ゲーム機としての可能性も視野に入れているようだ。ヘッドフォンをしてフル装備してしまえば、もう何の邪魔もなくなり、プレーヤーはゲームの世界に没頭できる。これは中毒状態というよりも、HMDに完全に操られているとしか言いようがない。
 アメリカ神経学アカデミーによる検証で、快楽物質ドーパミンの分泌とテレビゲームとの関連性が明らかになった。しかも、ゲームがもたらす達成感はギャンブルや麻薬中毒におけるドーパミンの分泌パターンによく似ている。
 分泌されたドーパミンが大きな影響を与えるのは、物事を順序立てて考える能力と意思決定を司る前葉頭だ。完成度の高いVRの映像が刺激と達成感を煽り、ドーパミンの分泌がさらに盛んになる。自分で考える機会が少なくなる、あるいは全く無くなるプロセスを受け入れること、与えられるもの全て―媒体はVR、AR、QRかもしれない―を受け入れるよう仕向けるプロセスは愚民化、もっといえば人間の家畜化と言えばいいだろうか。
 リアルなゲームの向こう側には、人類家畜化へとつながるロードマップが確実に広がっている気がしてならない。

 VRの新しさ、楽しさばかり意識が向いていく結果、大多数の人間の思考が停止した状態になり、ゲームに親しみやすい若者層だけでなく、それ以外の年代の人たちも目先の楽しみ以外のことに無関心な世界が訪れる。VRテクノロジーはゲームに慣れ親しんだ若い世代が中心になるだろうが、タブレットなど最新ガジェットの取り扱いに慣れたシニア層も、HMDへの移行に大きな抵抗は感じないはずだ。各世代の人々に抵抗されることなく、あまねく行き渡ったVRに乗せられるものは何か?

 先述のハラリ教授の言葉をそのまま借りれば、“無用者階級”となる大部分の人間―半ば自ら意図的に思考を停止し、目先の楽しみ以外のことには無関心な人々―に対し、ゲーム感覚に乗せて特定の思想を吹き込むことは簡単だ。生身の人間よりも、自分の気持ちをいつでも分かってくれるAIの方に親しみを感じ、HMDの狭い視野の中、VRを通じてもたらされる“準現実”だけを受け入れていく生き方は楽なのだ。これからの時代、本当の意味で聖域と呼ばれるようになるはサイバースペースかもしれない。そういう流れを作っているのは誰なのか―。

 トランスヒューマニズムを貫く「人間をより完全な存在にしよう」という思いは科学が先導している。こういう側面から、テクノロジーが神格化される時代の到来の可能性について語る人々もいる。トランスヒューマニズムは、外的要因だけで超人化を目指すものではない。様々なテクノロジーを駆使しながら、心や思考まで進化させる。こうしたプロセスを経て出来上がるものは“グローバル・マインド”と呼ばれている。グローバル・マインドの概念、そしてインターネットとの親和性および関係性についてはダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』にも出てくる。小説の中では、“純粋知性科学”という言葉が使われていた。

イシュトヴァンが大統領選に立候補した意味

 ここで先述のゾルタン・イシュトヴァンに話を戻す。『NEW ATLAS』というサイトの2017年2月21日付にイシュトヴァンのインタビューが掲載されている。興味深い部分があるので、ここで引用しておきたい。

Q:トランスヒューマニズムと政治の接点は?
A「政治という要素を盛り込まない限り、地球で進められるものではないと思います。技術革新や発展に必要となる資金も法制度も全て政府が管轄するからです。遺伝子関連研究も、各種チップのインプラントも、違法性を見極めながら政府が実行の可否を判断します。現時点では、残念ながらトランスヒューマニズムを発展させていく政治的枠組みが存在しません。そこで私がトランスヒューマニスト党を立ち上げ、大統領選に出馬する決心をしたのです」

Q:富裕層と貧困層のテクノロジー活用格差における政府の役割とは何でしょうか?

A「ディストピアを生み出すようなことにならないよう、政府は十分に注意すべきであると考えます。AIに関して言えば、開発と進化を野放しのような状態に保ちたがる人もいるかもしれませんが、私自身は、人間よりも賢いものが地球に必要なのかと思っています。そんなものを生み出しても、意味がないと思うのです。
 最初に申し上げたように、我が党はテクノロジーの進化に関しては楽観的ですが、テクノロジーの進化が生み出す格差については注意していきたいと思います。我々の役割は、テクノロジーの進化には限度があるという意見を発信していくことです」

Q:例えば、遺伝コードテクノロジーを応用してIQを上げる技術などはかなり高価で、富裕層しか対応できないのではないでしょうか? ディストピア構築へつながらないよう、政府レベルでの規制が必要だとお考えですか?

A「難しい質問です。ただ、現時点では富裕層だけが超絶級の知能を手に入れると同時に、貧困層が取り残されるという状況について話す時ではないでしょう。
 私の目的、そして信念として抱いているものは、人類全てに約束される永遠の命です。
 これが我々人類の権利であると考えます。死というものは、今はまだ自然現象としてとらえられていますが、こうした既成観念も5年、あるいは10年、15年くらいで変わっていくと思っています」

Q:ご自分でもバイオハッキング(チップを体内に入れること)をなさっていますね。手にいれたチップはどのような働きをするのですか?

A「私が入れたのは米粒ほどのチップです。手をかざすと自宅の玄関のロックが解除されるようになっています次は手をかざすだけで車のエンジンをかけられるようにしたいと思っています」

 さらにインタビューの核心部分と思えるやりとりがある。
Q:人間の能力強化と拡大に一定の限度が必要だとお思いですか? このまま行くと、人間という生物として分類できない状態にまで進んでしまいませんか?

A「5年あるいは10年後に、人間と機械の融合が本格化する時代が来るでしょう。主流派の識者たちが、我々から人間らしさが失われつつある事態を問題視し始めるのはこのころではないでしょうか。装具が必要となるので、それが考え方の変化にもつながるでしょう。もはや人間とは呼べないという状態が生まれるかもしれませんが、それでも実際は、人
間として最良の部分は残るはずです。ペースが余りにも緩やかなため、実際に変化が起きても分からない。そういう考え方もあります。自分という存在は何なのか、常に考えておくべきでしょう」

トランスヒューマニズムを支援する錚々たるメンバー

 トランスヒューマニズムの支持者にもかなり有名な人たちが含まれている。カーネギーメロン大学ロボット工学研究所教授ハンス・モラベック、分子ナノテクノロジーが専門の工学博士キム・エリック・ドレクスラー、前出のニック・ボストラムは世界トランスヒューマニスト協会の創設者である。さらにチューレーン大学の数学・物理教授フランク・ジェニングス・ティプラー三世、アメリカの著名なフューチャリスト、レイ・カーツワイル。
 実業界からはテスラモーターズ、スペースX社の創業者イーロン・マスク。フェイスブックの創設者マーク・ザッカーバーグ。AI開発で急発展したディープマインド社代表デミス・ハサビス。顔ぶれを見ると、理論面と実践面のトップが揃っている。
 トランスヒューマニズムにおいては、生まれたアイデアをすぐに形にできる枠組みが出来上がっているのだ。これだけの有名企業の重鎮級の面々が揃っているのだから、資金面の心配もないだろう。
 トランスヒューマニズムは、言ってみれば既に予定調和の下に進んでいる。今や、そのうねりを止められるものはないのだ。




*写真は『ムー』'17年6月号(学研)より転載


 

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