原発を終わらせる(その二)

 福島県内では2011年度から「福島県民健康管理調査」と銘打って、“被災した時点でほぼ18歳以下だった青少年”を含む子どもたちの甲状腺検査が行われてきたが、そこで発見された「甲状腺ガン」と「ガンの疑いのある子ども」の数は、日を追って年を追うごとに激増して、親を戦慄させるものになりつつある。
 検査結果の判定が確定した子どもの数は30万1707人である。そのうち「甲状腺ガン」87人、「ガンの疑いのある子ども」30人を数え、合計117 人に達し、そのうち87人の子どもが甲状腺の切除手術を受けてきた。甲状腺ガンが他の部位に転移して、全身にガンが拡がる危険性も指摘されている。  国立ガン研究センターによれば、福島原発事故が起こる前の35年間(1975〜2010年)では、10万人当たりの甲状腺ガンは、全国で年間―0〜4歳がゼロ、5〜9歳がゼロ、10〜14歳が0.2 人、15〜19歳が0.5 人―であった。つまり19歳以下では各世代の対象者合計40 万人で0.7 人なので、10万人当たり年間0.175 人である。これに対して、福島の同年代の子どもたちでは「検査人数が30万1707人で、115 人が発症した」とすると、10万人当たり38.1人で、検査期間が3年なので、1年当たりでは12.7人になる。福島県発症率12.7人、平常値0.175 人。平常考えられる数値の72.6倍である。
 ところが、日本甲状腺学会・理事長だった山下俊一は、ヨウ素剤を配布させなかったばかりか、甲状腺学会の医師会宛に「二次検査(セカンド・オピニオン)をしないように」という趣旨の要請書を送っていた。その山下俊一が取り仕切っていたのが、福島県立医科大学である。そして福島県では、この大学が「我が国で初めて」の大規模な県民健康調査を実施してきた。その結果を「甲状腺検査評価部会」が最終判定して、甲状腺ガンが数十倍に増加していると認めていながら、「これは福島原発事故とは無関係だ」と言い張ってきた。「今までより精密に、全員を検査するようになったから、ガンの発見件数が増えただけだ」と言い訳している。ならば全国でも、これと同じ70倍以上の比率で大量の子どもの甲状腺ガンが発生しているのか? だとすれば、それは日本の国家として一大事であるから、すぐにでも全国の子どもの検診をしなければならない。なぜ全児童の検査をせずに、非科学的な言い訳を続けるのか。
 そして彼らは「チェルノブイリでは、事故発生から5年以降に甲状腺ガンが発生したのだから、現在までの福島県の甲状腺ガンは、原発事故とは関係ない」との論陣を張っている。しかし、これも嘘である。当時のソ連の医師たちはチェルノブイリ事故から4年後まで超音波検査機器を受け取っていなかった。つまり最初の4年間、医師たちは甲状腺ガンに見向きもせず、手による触診で検査していたために、腫瘍を見落としていたことが明らかになっている。全米科学アカデミーの甲状腺ガンに関する最新の知見でも、「未成年の場合、被曝1年後に甲状腺ガンが現れる」としているのだ。
 さらに、福島県民は誰一人被曝量が不明であるのに、「福島県民はチェルノブイリよりはるかに被曝量が小さいから甲状腺ガンは起こらない」と、科学的な実測の根拠が全くない被曝量を前提に評価を行っている。子どもたちが放射性ヨウ素で被曝したことと、72倍の異常な高率で実害が出ていることは事実なのだから、因果関係を論ずる必要はなく、ただちに子どもを助けるための医療対策に議論を集中するべきである。
 甲状腺ガンの問題は、もう一つある。チェルノブイリ事故で小児甲状腺ガンが大量に発生し、否定できないほど明白な統計が出たため、ここにだけ焦点を当てて、他に発生している甲状腺以外の大量の疾患が、日本にあたかも存在しないかのような議論を招いていることである。
 放射能の後遺症には、鼻血、足の痛み、頭痛、疲労しやすいことに始まって、失明に至る白内障もあり、先天性奇形もある。脳腫瘍を含む中枢神経系腫瘍と、白血病、リンパ腫を含むリンパ系と造血器の腫瘍も深刻だ。下痢の頻発も放射能疾患の代表的な徴候である。また、内分泌系や、耳、鼻などの異常、泌尿器の障害、皮膚・呼吸器系に生じる膨大な数の疾患がある。
 2013年11月25日から「福島原発事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」がスタートしたが、“被害発生地域が福島県だけではない”ことが明らかでありながら、座長の長瀧重信らをはじめとする、この専門家らは、高度汚染地域として指定された岩手、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉の7県の60市町村などの子どもたちについて、調査することさえ拒否してきたのだ。

              

セシウム137 の毒性

 セシウム137 を毎日10ベクレル摂取する場合、体内の総放射線量は500 日後まで増え続け、この時、体内で測定される総放射線量は1400ベクレルを上回る。総放射線量が同じ場合、体重20kgの子どもでは1kg当たり70ベクレルになる。ICRPが定めた安全基準では、このレベルの、いわゆる低線量放射能の慢性的被曝が人間の健康にとって非常に危険であるとは考えられていない。ICRPは、全身で1400ベクレルの放射線量は、年間で0.1 ミリシーベルトの被曝に相当すると述べている。しかし、このレベルの「低線量」放射能を取り込むことは、とりわけ乳幼児にとって有害だという揺るぎない証拠が実は存在する。ベラルーシのユーリ・バンダジェフスキー博士と彼の同僚や学生たちが、1991年から99年まで行った研究は、体重1kg当たり10ベクレルから30ベクレルの放射線の全身被曝と心拍パターン異常との相関関係を明らかにした。  同様に体重1kg当たり50ベクレルの放射線を浴びると、心臓やその他の重要な臓器組織への不可逆的損傷が発生し易くなる。彼らの発見は2003年、スイスの医学雑誌で初めて発表された。
 バンダジェフスキー博士の鍵となる発見の一つは、セシウム137 がすい臓や肝臓、腸ばかりでなく、内分泌腺や心臓組織でも生物濃縮することだった。この発見は、体内被曝量からミリシーベルトを計算する時に現在使われている根本的な仮定の一つ―セシウム137 は人体組織に「均一に分散される」―に反するものだ。
 博士は9年間の研究を論文「放射性セシウムと心臓」にまとめた。その中で、博士は子どもたちの体内のセシウム137 の量と、心臓機能との相関関係も明らかにした。博士はベラルーシの子どもたちに12万5000回以上の全身計測を実施し、体内に摂取したセシウムの量を測定した。1996年から99年までのこういった医療検査で、体重1kg当たり50ベクレルを超えるセシウム137 が蓄積されているレベルでは、心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、排泄系で病的な変化がほぼ認められている。
 事実その1:「安全な放射線量」というものはない。また、体に入った放射性元素は蓄
       積し、悪性腫瘍あるいは遺伝的疾患を発症させるリスクを高める。
 事実その2:子どもは大人の10〜20倍、放射線の発癌効果を受けやすい。女性は男性よ
       りも受けやすく、胎児と免疫不全の患者もきわめて敏感である。
 事実その3:原子炉のメルトダウンにより放出された高濃度の放射能は、脱毛、激しい
       嘔吐、下痢、出血等の深刻な放射能疾患を引き起こす可能性がある。
       このような疾患、特に子どもの疾患は、福島の事故の直後から数カ月後に
       は報告されている。
 事実その4:ガンと白血病の潜伏期間は5〜10年。固形ガンの場合は15〜18年。全ての
       タイプのガンが放射線の体外及び体内被曝によって引き起こされる恐れが
       ある。卵子や精子の突然変異によって6000以上の遺伝的疾患も生じ、それ
       は将来の世代にも引き継がれる。

           

放射能の広がりと生態系への影響

 福島第1原発で、3月12日の「爆発が起こる前」に、異常な大量の放射能が放出されていたことを示す地元での空間線量の記録データが明らかになっている。現在までに流布している国連のWHO(世界保健機構)による福島県民の被曝推定値は、全く根拠がないのである。噴出した放射性物質は、福島県だけでなく東日本全域を覆い、特に3月21〜23日にかけて大量の放射性ガスが関東全域に南下した。
 福島から首都圏の千葉、東京に至るまでの太平洋側は、途中に全く山がないため、4月から5月になっても南下した高濃度の放射能雲が直撃し続けた。自治体施設の測定値に基づいて文部科学省が2011年11月25日に公表した値では、3〜6月(ほぼ3カ月半)の放射性セシウムの月間降下物の総量は、繁華街・新宿が岩手県盛岡市の6倍に達した。
 同じ期間における甲状腺ガンを起こす放射性ヨウ素の月間降下物の総量は、新宿が盛岡の100 倍を超えていた。東北地方の岩手県より東京の方がはるかに多かったのである。
 原発のある太平洋側ばかりでなく、日本海側の山形県山形市でも、放射性ヨウ素は、新宿とほぼ同じほど降り積もり、放射性セシウムは新宿の1.3 倍であった。
 アメリカのサウスカロライナ大学の生態学者ティモシー・ムソー教授たちは、事故があった2011年の7月から福島県内の放射線量が高い浪江町や飯館村などで調査を始め、2013年までに鳥類の数が減少していることを突き止め、減少の度合いがチェルノブイリ汚染地区の2倍になっていることを明らかにした。また、琉球大学の調査によれば、沖縄県と比較した場合に、福島県地域でチョウチョ(ヤマトシジミ)に明らかな異常が認められ、放射能の影響が第一世代から第二世代にも及んでいることが確認されている。
 また、日本獣医生命科学大学の調査では、福島県内の野性のニホンザルは、セシウムによる体内放射能が異常に高く、内部被曝しているニホンザルほど、赤血球、白血球の数が少なく、免疫力が半減している個体が発見されており、子ザルにまで影響が及んでいた。
 さらに東京農工大学などの調査では、原発から40kmの二本松市のカエルの体内放射能は、最高1kg当たり6700ベクレルを超えるものが発見された。
 鳥類やウサギなどを調べてきた福島県猟友会によれば、地中の野草や小さな生物を食べるイノシシは、「食物連鎖の上位」にあるので、体内放射能が突出して高く、それが歳月と共に増え続けて、事故から2年後の2013年には1kg当たり6万ベクレルという驚異的な数値を記録した。こうした自然界の調査は、何十年にも渡って初めて結論が出るので、真の恐怖を知る人たちは次の世代以降である。

      

現在も200 万人が苦しむチェルノブイリ事故の現実

 ウクライナのヤヌコビッチ大統領が、「現在もチェルノブイリ事故のため、200 万人が放射能被曝の苦しみにあえいでいる」と語ったのは、事故発生から27年後の2012年4月26日であった。福島事故以前のアメリカ小児科アカデミー学会誌2010年3月22日号によれば、2000〜2006年にウクライナの低線量被曝地帯のリウネ地方で生まれた9万6438人の新生児の奇形発生率は、10万人当たり222 人で、全ヨーロッパで最も高かった。この地方はチェルノブリ原発から250 km以上も離れている。250 kmとは、東京と福島第1原発より遠い距離だ。
 ソ連崩壊後に独立したウクライナとベラルーシ国内の被害は、白血病と甲状腺ガンだけではない。失明に至る白内障、心筋梗塞、狭心症、脳血管障害、気管支炎など、数えきれない疾患が急増している。現在も進行中の大被害をゼロに見せかけようとしてきたのが、IAEAと日本の放影研一派である。2013年4月26日に出版された「チェルノブイリ被害の全貌」(岩波書店)によると、ロシア科学アカデミー顧問でECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)の委員でもあるアレクセイ・ヤコブレフらの著者が「チェルノブイリ事故による死者の推計は、2004年までにほぼ100 万人に達している」という驚異的な医学データを突きつけ、戦慄すべき事実を実証している。
 ウクライナとベラルーシの国民が、事故から30年後の現在も苦しんでいるのだから、福島原発事故でも、人口密度がそれよりはるかに高い日本では、同じ規模の大被害が静かに進行していると考えられる。
 2015年5月に報道された“IAEAの福島第1原発事故・最終報告書”では、「日本の原発には事故対策ができていなかった」と、累々批判を書き連ねてはいるものの、この報告書では、最も重大な被曝の実害に関して「子どもの甲状腺被曝線量は低く、甲状腺ガンの増加は考えにくい」と、“福島県民健康管理調査”を引用しながら、全く根拠のない一文が記されているのだ。つまり、「原発4基が破壊、メルトダウンする大事故が起こり、原爆数百発分の放射能が放出されても人間には何も起こらない」という結論を織り込むことが、このIAEA報告書の狙いだったのだ。素人が聞いても首を傾げる、この“専門家”らの主張には、驚きを通り越して呆れ果てるしかない。

              

原発は完全に無用

 原発は廃絶できる。2011年の福島原発事故以来、福井県の大飯原発、そして鹿児島県の川内原発が再稼働される2015年7月まで原発ゼロを続けて、電力供給に全く支障がなかったのが日本である。2013年度に電力の大半の43%をまかなったのは天然ガスであり、輸入先の第一位はオーストラリアであり、他の輸入先はロシア、マレーシア、インドネシア、そして2017年度から安価なシェールガスを日本に輸出することを認可した世界一のガス生産国アメリカがある。“中東”依存率は、すでに28%に急落しているのだ。「石油」火力の比率はほんの14%で、同年度に電力の30%をまかなった石炭火力も、日本では世界一クリーンなプラントを運転しており、コストが最も安いことは電力会社の購入実績データが示している。自然エネルギーも、長期的には相当な量を期待できる。
 つまり、大地震など天災のほかには、電力不足という事態は絶対に起こらないし、起きてもほんの一時的な事態だ。ここに大きな希望がある。そのため多くの国民が、なぜ余計な原発の再稼働が必要なのか? という疑問と怒りを抱いている。
 その理由は単に電力会社の都合と、核兵器の原料を保持していたい政府の邪な野望にほかならない。電力会社は原発を停止すれば、彼らは原発資産の特別“損失”を計上しなければならない。この損失を隠すために、電気料金値上げで消費者を脅し、無用で危険極まりない不良資産の原発を再稼働できる資産に見せかけようとしているだけなのだ。
 これは“粉飾決算の飛ばし”と同じである。何が電力会社の経営を悪化させてきたかというと、彼らは停止中の原発の維持・管理だけで年間1兆2000億円(3年間で3兆6000億円)を使い、さらに原発を再稼働させるための安全対策で2014年末までに2兆4000億円を使ってきた。燃料費の増加などよりはるかに巨額の無駄金6兆円を1ワットの電気も生んでいない原発に浪費して、経営が苦しくなったのだ。しかもこの再稼働対策費のほとんどは、大事故を防止できない欠陥工事だらけなので、今後も果てしなく泥沼の出費が続く。
 一方で、今や金を食うばかりの無用の危険物となった、稼働の見通しが全く立たない青森県・六ケ所村の再処理工場や福井県・敦賀の高速増殖炉「もんじゅ」に代表される核燃料サイクルも完全に破綻しており、無駄な悪あがきは早々に止めさせて、過去の遺物として一刻も早く葬り去らなければならない。
 さらに、今年4月から実施に入った電力の完全自由化によって、「電力会社が7割の利益を得てきた家庭の消費者」にも選択が可能になる。新電力の多くはガス、通信、自動車業界など日本の一流企業でもある。したがって、電力会社は原発に見切りをつけない限り膨大な数の顧客を新電力に奪われ、ますます経営が悪化し、自分の首を絞めるだけである。電力会社にとっても消費者にとっても、原発を断念して、一旦、特別損失を計上し、身をきれいにして再出発すれば未来は開けるのだ。
 また、全国の原発を廃炉にする場合に、もう一つ、多くの人から同意を得、成さなければならないことがある。それは、これまで原発からの「補助金」に頼ってきた、原発立地自治体に新たな経済的負担を負わせないように配慮することである。全国の原発を廃炉にすれば、雇用問題と経済的な問題は、想像以上に大きいだろう。したがって、原発交付金と固定資産税に代わる資金を政府が与えることが、絶対に必要である。地元住民が原発経済に依存することから脱却できるよう、今後の地域再生のために従来の電源交付金に代わる国政からの資金援助制度を確立し、原発産業から脱皮できるまでの財政支援を行う。
 これによって、国民が敵対することなく、第二、第三の原発事故の危機から脱出できると考えれば、このような費用は安いものだ。
 この国が原発から完全に脱却できるための条件と状況は、既に整っている。今一歩のところでそれが実現に至らないのは、それを政策として実行しようとしない安倍政権を国民の多くが漫然と支持しているからにほかならない。2012年には民主党政権下で、曲がりなりにも2030年までの脱原発―全原発の廃炉が政策として決まりかけながら、総選挙で終わったはずの自民党政権をゾンビのように復活させ、せっかくの機会を国民自らが葬ってしまったのだ。対米隷属と核の保持に固執する現政権を支持し、存続させる限り、原発廃絶はありえない。次の原発事故が起きてしまってからではもう手遅れだ。鍵は一人でも多くの国民の覚醒にかかっている―。

福島県の「甲状腺ガン」72倍のデータ

 福島県内では2011年度から「福島県民健康管理調査」と銘打って、“被災した時点でほぼ18歳以下だった青少年”を含む子どもたちの甲状腺検査が行われてきたが、そこで発見された「甲状腺ガン」と「ガンの疑いのある子ども」の数は、日を追って年を追うごとに激増して、親を戦慄させるものになりつつある。
 検査結果の判定が確定した子どもの数は30万1707人である。そのうち「甲状腺ガン」87人、「ガンの疑いのある子ども」30人を数え、合計117 人に達し、そのうち87人の子どもが甲状腺の切除手術を受けてきた。甲状腺ガンが他の部位に転移して、全身にガンが拡がる危険性も指摘されている。
 国立ガン研究センターによれば、福島原発事故が起こる前の35年間(1975〜2010年)では、10万人当たりの甲状腺ガンは、全国で年間―0〜4歳がゼロ、5〜9歳がゼロ、10〜14歳が0.2 人、15〜19歳が0.5 人―であった。つまり19歳以下では各世代の対象者合計40
万人で0.7 人なので、10万人当たり年間0.175 人である。これに対して、福島の同年代の子どもたちでは「検査人数が30万1707人で、115 人が発症した」とすると、10万人当たり38.1人で、検査期間が3年なので、1年当たりでは12.7人になる。福島県発症率12.7人、平常値0.175 人。平常考えられる数値の72.6倍である。

 ところが、日本甲状腺学会・理事長だった山下俊一は、ヨウ素剤を配布させなかったばかりか、甲状腺学会の医師会宛に「二次検査(セカンド・オピニオン)をしないように」という趣旨の要請書を送っていた。その山下俊一が取り仕切っていたのが、福島県立医科大学である。そして福島県では、この大学が「我が国で初めて」の大規模な県民健康調査を実施してきた。その結果を「甲状腺検査評価部会」が最終判定して、甲状腺ガンが数十倍に増加していると認めていながら、「これは福島原発事故とは無関係だ」と言い張ってきた。「今までより精密に、全員を検査するようになったから、ガンの発見件数が増えただけだ」と言い訳している。ならば全国でも、これと同じ70倍以上の比率で大量の子どもの甲状腺ガンが発生しているのか? だとすれば、それは日本の国家として一大事であるから、すぐにでも全国の子どもの検診をしなければならない。なぜ全児童の検査をせずに、非科学的な言い訳を続けるのか。

 そして彼らは「チェルノブイリでは、事故発生から5年以降に甲状腺ガンが発生したのだから、現在までの福島県の甲状腺ガンは、原発事故とは関係ない」との論陣を張っている。しかし、これも嘘である。当時のソ連の医師たちはチェルノブイリ事故から4年後まで超音波検査機器を受け取っていなかった。つまり最初の4年間、医師たちは甲状腺ガンに見向きもせず、手による触診で検査していたために、腫瘍を見落としていたことが明らかになっている。全米科学アカデミーの甲状腺ガンに関する最新の知見でも、「未成年の場合、被曝1年後に甲状腺ガンが現れる」としているのだ。

 さらに、福島県民は誰一人被曝量が不明であるのに、「福島県民はチェルノブイリよりはるかに被曝量が小さいから甲状腺ガンは起こらない」と、科学的な実測の根拠が全くない被曝量を前提に評価を行っている。子どもたちが放射性ヨウ素で被曝したことと、72倍の異常な高率で実害が出ていることは事実なのだから、因果関係を論ずる必要はなく、ただちに子どもを助けるための医療対策に議論を集中するべきである。
 甲状腺ガンの問題は、もう一つある。チェルノブイリ事故で小児甲状腺ガンが大量に発生し、否定できないほど明白な統計が出たため、ここにだけ焦点を当てて、他に発生している甲状腺以外の大量の疾患が、日本にあたかも存在しないかのような議論を招いていることである。
 放射能の後遺症には、鼻血、足の痛み、頭痛、疲労しやすいことに始まって、失明に至る白内障もあり、先天性奇形もある。脳腫瘍を含む中枢神経系腫瘍と、白血病、リンパ腫を含むリンパ系と造血器の腫瘍も深刻だ。下痢の頻発も放射能疾患の代表的な徴候である。また、内分泌系や、耳、鼻などの異常、泌尿器の障害、皮膚・呼吸器系に生じる膨大な数の疾患がある。
 2013年11月25日から「福島原発事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」がスタートしたが、“被害発生地域が福島県だけではない”ことが明らかでありながら、座長の長瀧重信らをはじめとする、この専門家らは、高度汚染地域として指定された岩手、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉の7県の60市町村などの子どもたちについて、調査することさえ拒否してきたのだ。

セシウム137 の毒性

 セシウム137 を毎日10ベクレル摂取する場合、体内の総放射線量は500 日後まで増え続け、この時、体内で測定される総放射線量は1400ベクレルを上回る。総放射線量が同じ場合、体重20kgの子どもでは1kg当たり70ベクレルになる。ICRPが定めた安全基準では、このレベルの、いわゆる低線量放射能の慢性的被曝が人間の健康にとって非常に危険であるとは考えられていない。ICRPは、全身で1400ベクレルの放射線量は、年間で0.1 ミリシーベルトの被曝に相当すると述べている。しかし、このレベルの「低線量」放射能を取り込むことは、とりわけ乳幼児にとって有害だという揺るぎない証拠が実は存在する。ベラルーシのユーリ・バンダジェフスキー博士と彼の同僚や学生たちが、1991年から99年まで行った研究は、体重1kg当たり10ベクレルから30ベクレルの放射線の全身被曝と心拍パターン異常との相関関係を明らかにした。
 同様に体重1kg当たり50ベクレルの放射線を浴びると、心臓やその他の重要な臓器組織への不可逆的損傷が発生し易くなる。彼らの発見は2003年、スイスの医学雑誌で初めて発表された。
 バンダジェフスキー博士の鍵となる発見の一つは、セシウム137 がすい臓や肝臓、腸ばかりでなく、内分泌腺や心臓組織でも生物濃縮することだった。この発見は、体内被曝量からミリシーベルトを計算する時に現在使われている根本的な仮定の一つ―セシウム137 は人体組織に「均一に分散される」―に反するものだ。

 博士は9年間の研究を論文「放射性セシウムと心臓」にまとめた。その中で、博士は子どもたちの体内のセシウム137 の量と、心臓機能との相関関係も明らかにした。博士はベラルーシの子どもたちに12万5000回以上の全身計測を実施し、体内に摂取したセシウムの量を測定した。1996年から99年までのこういった医療検査で、体重1kg当たり50ベクレルを超えるセシウム137 が蓄積されているレベルでは、心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、排泄系で病的な変化がほぼ認められている。


 事実その1:「安全な放射線量」というものはない。また、体に入った放射性元素は蓄
       積し、悪性腫瘍あるいは遺伝的疾患を発症させるリスクを高める。

 事実その2:子どもは大人の10〜20倍、放射線の発癌効果を受けやすい。女性は男性よ
       りも受けやすく、胎児と免疫不全の患者もきわめて敏感である。

 事実その3:原子炉のメルトダウンにより放出された高濃度の放射能は、脱毛、激しい
       嘔吐、下痢、出血等の深刻な放射能疾患を引き起こす可能性がある。
       このような疾患、特に子どもの疾患は、福島の事故の直後から数カ月後に
       は報告されている。

 事実その4:ガンと白血病の潜伏期間は5〜10年。固形ガンの場合は15〜18年。全ての
       タイプのガンが放射線の体外及び体内被曝によって引き起こされる恐れが
       ある。卵子や精子の突然変異によって6000以上の遺伝的疾患も生じ、それ
       は将来の世代にも引き継がれる。

放射能の広がりと生態系への影響

 福島第1原発で、3月12日の「爆発が起こる前」に、異常な大量の放射能が放出されていたことを示す地元での空間線量の記録データが明らかになっている。現在までに流布している国連のWHO(世界保健機構)による福島県民の被曝推定値は、全く根拠がないのである。噴出した放射性物質は、福島県だけでなく東日本全域を覆い、特に3月21〜23日にかけて大量の放射性ガスが関東全域に南下した。
 福島から首都圏の千葉、東京に至るまでの太平洋側は、途中に全く山がないため、4月から5月になっても南下した高濃度の放射能雲が直撃し続けた。自治体施設の測定値に基づいて文部科学省が2011年11月25日に公表した値では、3〜6月(ほぼ3カ月半)の放射性セシウムの月間降下物の総量は、繁華街・新宿が岩手県盛岡市の6倍に達した。
 同じ期間における甲状腺ガンを起こす放射性ヨウ素の月間降下物の総量は、新宿が盛岡の100 倍を超えていた。東北地方の岩手県より東京の方がはるかに多かったのである。
 原発のある太平洋側ばかりでなく、日本海側の山形県山形市でも、放射性ヨウ素は、新宿とほぼ同じほど降り積もり、放射性セシウムは新宿の1.3 倍であった。

 アメリカのサウスカロライナ大学の生態学者ティモシー・ムソー教授たちは、事故があった2011年の7月から福島県内の放射線量が高い浪江町や飯館村などで調査を始め、2013年までに鳥類の数が減少していることを突き止め、減少の度合いがチェルノブイリ汚染地区の2倍になっていることを明らかにした。また、琉球大学の調査によれば、沖縄県と比較した場合に、福島県地域でチョウチョ(ヤマトシジミ)に明らかな異常が認められ、放射能の影響が第一世代から第二世代にも及んでいることが確認されている。
 また、日本獣医生命科学大学の調査では、福島県内の野性のニホンザルは、セシウムによる体内放射能が異常に高く、内部被曝しているニホンザルほど、赤血球、白血球の数が少なく、免疫力が半減している個体が発見されており、子ザルにまで影響が及んでいた。
 さらに東京農工大学などの調査では、原発から40kmの二本松市のカエルの体内放射能は、最高1kg当たり6700ベクレルを超えるものが発見された。

 鳥類やウサギなどを調べてきた福島県猟友会によれば、地中の野草や小さな生物を食べるイノシシは、「食物連鎖の上位」にあるので、体内放射能が突出して高く、それが歳月と共に増え続けて、事故から2年後の2013年には1kg当たり6万ベクレルという驚異的な数値を記録した。こうした自然界の調査は、何十年にも渡って初めて結論が出るので、真の恐怖を知る人たちは次の世代以降である。

現在も200 万人が苦しむチェルノブイリ事故の現実

 ウクライナのヤヌコビッチ大統領が、「現在もチェルノブイリ事故のため、200 万人が放射能被曝の苦しみにあえいでいる」と語ったのは、事故発生から27年後の2012年4月26日であった。福島事故以前のアメリカ小児科アカデミー学会誌2010年3月22日号によれば、2000〜2006年にウクライナの低線量被曝地帯のリウネ地方で生まれた9万6438人の新生児の奇形発生率は、10万人当たり222 人で、全ヨーロッパで最も高かった。この地方はチェルノブリ原発から250 km以上も離れている。250 kmとは、東京と福島第1原発より遠い距離だ。
 ソ連崩壊後に独立したウクライナとベラルーシ国内の被害は、白血病と甲状腺ガンだけではない。失明に至る白内障、心筋梗塞、狭心症、脳血管障害、気管支炎など、数えきれない疾患が急増している。現在も進行中の大被害をゼロに見せかけようとしてきたのが、IAEAと日本の放影研一派である。2013年4月26日に出版された「チェルノブイリ被害の全貌」(岩波書店)によると、ロシア科学アカデミー顧問でECRR(ヨーロッパ放射線リスク委員会)の委員でもあるアレクセイ・ヤコブレフらの著者が「チェルノブイリ事故による死者の推計は、2004年までにほぼ100 万人に達している」という驚異的な医学データを突きつけ、戦慄すべき事実を実証している。
 ウクライナとベラルーシの国民が、事故から30年後の現在も苦しんでいるのだから、福島原発事故でも、人口密度がそれよりはるかに高い日本では、同じ規模の大被害が静かに進行していると考えられる。

 2015年5月に報道された“IAEAの福島第1原発事故・最終報告書”では、「日本の原発には事故対策ができていなかった」と、累々批判を書き連ねてはいるものの、この報告書では、最も重大な被曝の実害に関して「子どもの甲状腺被曝線量は低く、甲状腺ガンの増加は考えにくい」と、“福島県民健康管理調査”を引用しながら、全く根拠のない一文が記されているのだ。つまり、「原発4基が破壊、メルトダウンする大事故が起こり、原爆数百発分の放射能が放出されても人間には何も起こらない」という結論を織り込むことが、このIAEA報告書の狙いだったのだ。素人が聞いても首を傾げる、この“専門家”らの主張には、驚きを通り越して呆れ果てるしかない。

原発は完全に無用

 原発は廃絶できる。2011年の福島原発事故以来、福井県の大飯原発、そして鹿児島県の川内原発が再稼働される2015年7月まで原発ゼロを続けて、電力供給に全く支障がなかったのが日本である。2013年度に電力の大半の43%をまかなったのは天然ガスであり、輸入先の第一位はオーストラリアであり、他の輸入先はロシア、マレーシア、インドネシア、そして2017年度から安価なシェールガスを日本に輸出することを認可した世界一のガス生産国アメリカがある。“中東”依存率は、すでに28%に急落しているのだ。「石油」火力の比率はほんの14%で、同年度に電力の30%をまかなった石炭火力も、日本では世界一クリーンなプラントを運転しており、コストが最も安いことは電力会社の購入実績データが示している。自然エネルギーも、長期的には相当な量を期待できる。
 つまり、大地震など天災のほかには、電力不足という事態は絶対に起こらないし、起きてもほんの一時的な事態だ。ここに大きな希望がある。そのため多くの国民が、なぜ余計な原発の再稼働が必要なのか? という疑問と怒りを抱いている。

 その理由は単に電力会社の都合と、核兵器の原料を保持していたい政府の邪な野望にほかならない。電力会社は原発を停止すれば、彼らは原発資産の特別“損失”を計上しなければならない。この損失を隠すために、電気料金値上げで消費者を脅し、無用で危険極まりない不良資産の原発を再稼働できる資産に見せかけようとしているだけなのだ。
 これは“粉飾決算の飛ばし”と同じである。何が電力会社の経営を悪化させてきたかというと、彼らは停止中の原発の維持・管理だけで年間1兆2000億円(3年間で3兆6000億円)を使い、さらに原発を再稼働させるための安全対策で2014年末までに2兆4000億円を使ってきた。燃料費の増加などよりはるかに巨額の無駄金6兆円を1ワットの電気も生んでいない原発に浪費して、経営が苦しくなったのだ。しかもこの再稼働対策費のほとんどは、大事故を防止できない欠陥工事だらけなので、今後も果てしなく泥沼の出費が続く。

 一方で、今や金を食うばかりの無用の危険物となった、稼働の見通しが全く立たない青森県・六ケ所村の再処理工場や福井県・敦賀の高速増殖炉「もんじゅ」に代表される核燃料サイクルも完全に破綻しており、無駄な悪あがきは早々に止めさせて、過去の遺物として一刻も早く葬り去らなければならない。

 さらに、今年4月から実施に入った電力の完全自由化によって、「電力会社が7割の利益を得てきた家庭の消費者」にも選択が可能になる。新電力の多くはガス、通信、自動車業界など日本の一流企業でもある。したがって、電力会社は原発に見切りをつけない限り膨大な数の顧客を新電力に奪われ、ますます経営が悪化し、自分の首を絞めるだけである。電力会社にとっても消費者にとっても、原発を断念して、一旦、特別損失を計上し、身をきれいにして再出発すれば未来は開けるのだ。

 また、全国の原発を廃炉にする場合に、もう一つ、多くの人から同意を得、成さなければならないことがある。それは、これまで原発からの「補助金」に頼ってきた、原発立地自治体に新たな経済的負担を負わせないように配慮することである。全国の原発を廃炉にすれば、雇用問題と経済的な問題は、想像以上に大きいだろう。したがって、原発交付金と固定資産税に代わる資金を政府が与えることが、絶対に必要である。地元住民が原発経済に依存することから脱却できるよう、今後の地域再生のために従来の電源交付金に代わる国政からの資金援助制度を確立し、原発産業から脱皮できるまでの財政支援を行う。
 これによって、国民が敵対することなく、第二、第三の原発事故の危機から脱出できると考えれば、このような費用は安いものだ。

 この国が原発から完全に脱却できるための条件と状況は、既に整っている。今一歩のところでそれが実現に至らないのは、それを政策として実行しようとしない安倍政権を国民の多くが漫然と支持しているからにほかならない。2012年には民主党政権下で、曲がりなりにも2030年までの脱原発―全原発の廃炉が政策として決まりかけながら、総選挙で終わったはずの自民党政権をゾンビのように復活させ、せっかくの機会を国民自らが葬ってしまったのだ。対米隷属と核の保持に固執する現政権を支持し、存続させる限り、原発廃絶はありえない。次の原発事故が起きてしまってからではもう手遅れだ。鍵は一人でも多くの国民の覚醒にかかっている―。

(※図版、グラフ等は「北海道新聞」「チェルノブイリのかけはし」通信 2011年10月8日号、2013年7月21日号 より転載)



 

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