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なまえのある家「Rupa」

第 13 回  「愛し(かなし)」ということ

  「愛し」と書いて、「かなし」と読む。大和の古語が、今なお日常生活に残っている奄美・琉球諸島の方言です。「いとしい、かわいらしい」という意味で使われるとい
うことですが、音の響きからわかるように、実際にはより深い情感も含まれています。古語辞典で「愛し(かなし)」の頁を開くと、「強く心が動かされる、しみじみとした感動を覚える、心にしみていとしい」とあります。切ないまでに、しみじみとした心のひだ。他の言葉ではうまく表現し得ない、その深淵。まさに、愛しさ(いとしさ)と悲しさという、一見相反する思いが入り交じって一体となった、魂をゆさぶる言葉なのです。
 本当は、言葉そのものの変化よりも、意味や役割の変化が与える影響の方が大きいのかもしれません。言葉を使う人間の側の変化が反映されているだけなのですが、何かとても大切なものが変わってしまうように思えてなりません。
 例えば、なつかしい故郷に戻ったとき。開発が進み行き、些末な町並みに変貌してしまった故郷を目前にする、その心は悲しいのみ。しかし、故郷が心象風景のままに美しければ、愛しい。同じ「かなしい」でありながら全く異なる結末を表す、心ここ
に非ずの悲しさと、心ある愛しさ。その大きな違いは、悲しさが孤独を漂わせているのに対して、愛しさには始源から押し寄せてくるかのようなエネルギーが感じられることでしょうか。日常的な感覚の裂け目から湧き起こるかのような、異なる世界からの感覚。異次元へと心かきたてられる哀愁があるのです。
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 薄暗い子宮のような部屋。羊水のような心地よい湯に浸りながら、すべての感情をさらけ出し、手放した瞬間。刹那に自らの胎内から生命が飛び出し、あらゆる感情の極みが一気に噴出しました。と同時に、その名を口に出しながら、新たな生命を胸に抱きかかえる私がいました。それは、新たな生命との出会いと、別れ。相反する出来事が一度に生じた事態の心境を説明するのは、とても難しいことです。
ただ、南の島々から教わった古い言葉だけが、最も近い表現なのかもしれません。12年近く前、兄を亡くしたときは、ひたすらに悲しい自分がいました。しかし、今は愛しい。切ないまでに、涙するほどに、かなしい。
 生命を宿していた頃、死をかかえているような気持ちだったことを覚えています。自分の中心のある部分が、黄泉の世界と通じているような、夢現の気分。子宮を接点として、今の世界と太古の世界、目に見える世界と目に見えない世界がつながっていて、幽玄一体となった創造が止むことなく続いている。大脳を通さず、直接身体に届けられる時空を超えたメッセージは、食にかかわることから始まりました。新たな生が3次元化するに従い、ますます強く印象づけられる、死と過去の感覚。その頂点が、出産だったような気がします。
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 生と死、陰と陽が渾然一体となった、もやもやした状態。ただただ心地よく、すべてがあって、何もない。時空にしばられることもなく、悲愛もない。すべてがひとつ。そんな記憶と感覚を蘇らせる鍵が、「愛しさ」にあるのかもしれません。
 生死と陰陽を共に孕んでいるからこそ、自然も「愛しい」のでしょうか。昼と夜で一日を巡らす太陽、満ち欠けで暦を知らせてくれる月。満ち潮と引き潮でざわめく海。枯死をもって新たな生を地に落とすのは、美しい花々だけではありません。
 今も昔も、悲しみがたえることのない世の中。それでも私達の先祖は、「愛しい」という言葉を伝えてくれました。この世界で分かれたからこそ、感じることができる愛しさ。突き詰めれば、異なる世界への郷愁かもしれません。どこから来て、どこへ行くのか。そんな思いを秘めて、唄や舞が生まれ、創作は終わることがありません。そして、愛しさを誘う、神への祈り。
 生死・陰陽の有り難い絶妙なバランスで成り立つ、この世界。悲しさの奥にある愛しさ。それは、愛しいまでになつかしい源郷に、魂が触れている感覚です。故郷は、遠くにありて思うもの。でも、心動きさえすれば、誰もがすぐに帰ることができる、不思議な故郷。そんな多くのことを思い出させてくれて、ありがとう。半年前の今日、「さようなら」と「こんにちは」をした、かなさん、奏奈人(かなと)。  

(イラスト=金子亘「亘の誕生日に火入れしたストーヴ」)

アジア食堂 Rupa
 元カーテン縫製工場だった古家を自力改装して昨年初夏にオープンした不思議空間。場所は、奈良の東北、柳生。柳生街道沿いにあり、目の前は柳生新陰流で有名な柳生陣屋跡。食事は、無農薬・無化学肥料の玄米を使った創作料理。普段は日替わりカレーがメインですが、ご予約があれば和洋中・沖縄・エスニックを取り混ぜた料理をご準備。宿泊もできますので、是非お気軽に遊びに来てください。
奈良市柳生町348-1 0742-94-0804(T&F) →地図
3月5日(土)「さとやまと音楽会」
 自然なネットワーク「やまんと」主催イベント。小山公久氏(縄文の風農場)によるレクチャーの後、都祁村小山戸(おおやまと:一説に大和の源郷)の里山や神社を散策。夕方、古民家にて「SOUTH」ライヴ&みんなでセッション。
1時に鈴木さん宅集合。1000円。
問合せ:アジア食堂 Rupa 0742-94-0804(当日は鈴木さん090-2062-7488まで)


名前のない新聞 No.129=2005年3・4月号 に掲載