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なまえのある家「Rupa」

第12回  火星が近づいた夜に 

  今年の4月末、突然、バイトを辞めることになりました。理性では止められない、より大きなものに巻き込まれるようにして福祉の現場から離され、現状を再考する間もなく、心の中に浮かんだのは「織物」でした。
 辞めた翌日、早速、市内で染織をする友人から織物を習える学校を教えてもらい、
5月は、再び沖縄にて現地の神人(かみんちゅ)たちとの学び。そして6月、教えてもらった織物学校の短期講習に通学。7月には、初心者だというのに、細い麻糸を使 った絣の着尺(着物の生地)に挑戦するため、京都、西陣の工房で糸を染め、縦糸の巻き取り作業をしました。そんな織物熱が感染したのか、ついにワタルが布を織る機(はた)を作ると宣言。今まで実物の機を数回しか見たことがないというのに、中国少数民族の高機の写真に触発され、いきなり製作にとりかかりました。手元にある廃材と最低限の道具を使って取り憑かれたように作る姿は、まさに神がかり状態。どこから下りてきたのか、見たこともないアイデアを駆使して細かな装置を作り上げ、ようやく機が完成したのは8月27日、火星大接近の日でした。
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 すべての機は基本的に、縦糸を巻く棒と、織り上がった布を巻く棒で成り立っています。この2本の棒の間に強く張った縦糸に、横糸を通していきます。つまり、後方の棒に巻いた縦糸を織り進みながら、できた布を前方の棒に巻き取っていくのです。
 ところで、私達が本などで確認できた限りの情報によると、どうやら機は、棒を巻く方向によって、2種類に分けられるようです。沖縄や日本などアジア地域全般の機に共通するのは、後方の棒と前方の棒の巻き取りが逆方向になっていること。一方、西洋の機は、2本の棒を同じ方向で回転させるシステムがほとんど。ところが、私が縦糸を巻いて持ち帰った棒は京都の西陣方式で、日本では数少ない、2本とも同じ方向である西洋式(?)の巻き方だったのです。もちろん、ワタルが作った機はアジア式で、西陣式の回転方向のままでは後方の棒をストッパーで止めることができません。「さすが『西』陣、織物の完全分業制が確立しているだけではなかったのね」などと感心している場合ではありません。私が西陣で棒に巻き取ってきた縦糸。髪の毛よりも細い、16m以上の1300本近い縦糸を、すべて反対方向に巻き直さなくてはいけなくなってしまいました。まずは、二人で声を掛け合って糸の張力を均一にしつつ、一旦、縦糸を前方の棒にすべて巻き取ります。ようやく後方の棒の回転がゼロに戻った頃、火星大接近の時間帯に合わせて祈りを始めようとする友人達から電話がかかってきました。気になって、沖縄や出雲で祈りをスタートさせている友人達にも連絡をとると、どうやら、同じような方向性の祈りを捧げている様子。時計を見ると、今、まさに、日本上空に火星が接近し始める時間。いよいよ、後方の棒を逆回転に巻き直す作業に突入です。
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 今まで、大和や沖縄をはじめとする各地で、私達二人は、さまざまな祈りに加わってきました。そのなかで、祈りには本来、陰と陽のエネルギーを調整し、統合させるという大きな役割があるということに気がつき始めていました。が、作業しながら、いえ、正確に言うと、作業そのもので祈りに加わるのは今回が初めてです。祈りの現場は、特に沖縄では、見えざる存在との真摯な対話となります。棒を巻き直しながら、さまざまなメッセージや思いが沸き起こってきました。前方と後方の棒が、逆回転であることの本来の意味。さまざまな名前がついているこの2本の棒の、ある一対の呼び方をお伝えすれば、意味はより明確になるかもしれません。すなわち、男巻きと女巻き。
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 織物学校で初めて布を織り始めた頃、ある種の感動で涙をおさえることができなくなったのを覚えています。今、自分がやっている作業を、数多くの先祖たちが、古代から連綿と流れる時を超えて続けてきた事実。その多くの無名の人々のおかげで織れるのだという思いが、次第に、自分という枠組みを超えて、それらの人々と「今、共に」、織っているのだという思いに変わっていく感覚です。縦糸と横糸を交える作業は、空間を超えた横のつながりだけでなく、時間を超えた縦のつながりを生き生きと蘇らせてくれるのです。
 1本の糸を平面の布に織り上げる作業。目に見える部分では、ただの細かい作業に過ぎません。しかし、目に見えない部分で、実はとても大きなものを織り上げているのかもしれません。つまり、陰と陽のエネルギーのバランスをとり、宇宙とつながるパイプとしての、祈りの作業です。太古の時代から人間が続けてきた、衣食住の営み。それらは単なる生活手段としてだけではなく、より大きな役割を果たしてきたのでしょう。大地と天の恵みを結実させる農、火と水によって作り出す食、縦糸と横糸を交えて生み出す衣、宇宙のひな形をかたち作る住。そのどれもが、陰と陽の調節と調和、統合の作業であり、新たな生命を生み出す神聖な営みです。衣食住の根元である母なる地球を蝕んでいる今の社会。それは、衣食住の目には見えない大切な役割を忘れ、目に見える部分だけを追い求めて陰陽のバランスを崩してしまった結果のように思えてなりません。
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 火星のシンボルは文字通り、火。戦いの神マースとして表されることもあります。
しかし、日本の神々が荒霊(あらみたま)と和霊(にぎみたま)の二面性を有すると言われているように、火にも異なる2つの表現があるように思われます。例えば、すべてを焼き尽くす荒々しい面と、新たな生命を生み出すエネルギッシュな面。それは、浄化と再生という言葉に置き換えることができるかもしれません。ただ、パワフルなものほど、バランスが崩れると破壊的な結果を生み出すのは当然のこと。古来から火を使う仕事が神聖視されたのも、もっともな話です。特に、原料を火で溶かして統合させ、新たにかたちづくる作業を行う鍛冶職は、古代には霊力が必要とされ、禊ぎをしてから仕事にとりかかったと言われています。鉄、ゴム、燃料、プラスチック…、より多様な製品が大量に出回っている社会。戦いの火の手が絶えることのない世界。そこでは、明らかに火の一面的な役割だけが追求されています。そのアンバランスが臨界点に達した時、爆発的なエネルギーが放出されるのでは、と懸念せずにはいられません。
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 深夜近く、棒の巻き直し作業がようやく終了。2本の棒から外したハンドルと縦糸と横糸の一部を持参し、いつもお世話になっている近所の聖地に足を運んでご報告。家に戻って空を見上げると、曇の間から美しく輝く火星が姿を現してくれました。私達が忘れていたことを思い出させてくれて、ありがとうございます。今再び、ゼロに戻って巻き直すことの必要性を。日々の生活の中で祈りに加わることの大切さを。火の鳥は、焼き尽くされた灰の中から、蘇るということを。     (9月10日)

●後日談:お気づきの通り、男巻き、筬、綜絖などを裏返して、つまり、上下左右逆にして機に設置してしまえば、縦糸を巻き直す必要はありません。そそっかしい私達がそれに気が付いたのは後の話。でも今回は、一旦ゼロに戻る必要があったようです。

(イラスト=金子亘)


名前のない新聞 No.121=2003年11・12月号 に掲載