35. 悪法に従うということ

 「悪法といえども法は法なり」と遺言して、哲人ソクラテスは毒盃をあおった。悪法に従うことは、妥協と欺瞞を重ね、良心を裏切ることであり、逆らうことは犯罪者になることだ。
 11月8日、関東学院大学の大麻事件は、大麻取締法という悪法に従うことが、どんな無残な結果をもたらすかを見せてくれた。
 それは同大学ラグビー部の2人の学生が、ラグビー部の合宿所であるマンションの自室で、大麻草16本を栽培していたのを、友人が大学職員に密告し、その職員はラグビー部の監督に報告。監督は事実を確認した上で理事長に報告。そこで理事長は神奈川県警金沢署に相談したため、2人の学生は家宅捜索され、現行犯逮捕されたのである。
 事件後、大学は記者会見を開き、大麻事件の経過を説明し、理事長と監督は謝罪し、進退伺いまで提出したが、他のラグビー部員には責任のないことを強調した。しかし関東ラグビー協会は、ラグビーのイメージを大きく損なったとして連帯責任を要求し、リーグ優勝を目前にしたラグビー部の対外試合の出場を辞退するよう勧告し、大学側はそれに従った。部員の中には号泣する者もいたとか。
 これが「大麻汚染」に洗脳され、大麻取締法に従った「正義」の人々のぶざまな姿だ。もしラグビー部の優勝を願い、応援に盛り上がっている学生たちの喜びを達成し、大学の名誉を守り、自分たちの地位の安泰を計る気なら、監督や理事長は事実を知った段階ですぐ大麻草を焼却処分すれば、事件にはならないで済んだのである。
 特にこの事件の鍵を握っていたのは、新聞やテレビでもクローズアップされた監督である。関東大学ラグビーの優勝候補を育成したとして注目されていた人物だが、彼にラグビー部の学生たちに対する人間的な愛情があれば、大麻栽培の事実を確認した時点で、栽培者たちを呼んで忠告し、即刻焼却処分を命ずるのが部活の責任者として採るべき道のはず。
 ところが彼は自分の責任で処理したくないため理事長に報告した。権力に教え子を売って自己保身を計ったのだ。良心を売ったのである。写真に見る監督の顔は悲惨なまでに憔悴し、まるで刑場の囚人のようだ。大麻取締法という悪法に従うことは、倫理的、道徳的な罪を犯すことだという証である。
 これと対象的なのが、11月5日、さいたま地裁であった斉藤次郎氏の初公判である。斉藤被告は起訴事実を認め、「大麻は30年くらい前から吸っていた」と述べ、即日結審し、懲役10ヶ月、執行猶予4年の判決が出た。担当弁護士さえ驚いたというスピード裁判。朝日新聞さいたま版によれば
 ーー斉藤被告はグレーのスーツにネクタイ姿。被告席に着く直前、妻の手を握り笑顔も見られた。被告人質問で斉藤被告は「大麻には以前から興味があった。意識を拡張し、心を豊かにするために使い始めた」と動機を話し、今回、所持していた大麻については「8月に友人から譲り受けた」と述べた。友人が誰なのかについては、最後まで明らかにしなかった。検事側は、斉藤被告に大麻使用の常習性が見られることや、入手先を明かさないことで今後も同じルートで入手する可能性を指摘した。佐藤裁判官は、斉藤被告が事実を認め更生を決意していることや、妻が身元引受人として被告を指導することを約束したことなどから、執行猶予つきの判決をしたーー
 顔写真は載らなかったが、被告の晴やかな笑顔が想像つく。悪法に逆らった者は、有罪判決を受けても、倫理的、道徳的な罪は一切付着しないのだ。それは自らの良心を裏切らなかった人間の秘かな勝利である。
 ところで関東学院大学の大麻事件を報道したNHKTVニュースは、室内栽培3ヶ月程度の大麻草と、『マリファナX』(’95第三書館)を映していた。私も共同執筆者の1人であるこの単行本は、大麻に関するウソとペテンを看破し、現在インターネットで見られるような大麻の真実と事実を網羅したものだ。そこで『マリファナX』やインターネットによって、大麻の正しい知識を身につけた学生たちの目に、大麻取締法という悪法に従って、大学に警察権力を招き入れ、大麻事件をつくり、リーグ優勝を目前にした学生たちの情熱と興奮に水を差し、マスコミに大学の恥を晒し、自らの進退伺いを出すという理事長以下幹部たちの行為がどう見えるか? これをバカと言わずに他に言葉があるだろうか。こんな大人共を信頼したり尊敬したりできるはずがないだろう。
 奇しくもこの事件が新聞に出た11月9日は、『週間金曜日』の発売日。今週号の投書欄には私の「教育者への大麻弾圧と大麻取締法の限界」という文章が掲載されている。
                                  (11月13日)


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