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なまえのない新聞91


〈海暮らし〉

 小笠原の海の

恵みとともに

   〜 大 木 眞さん

長文注意! ダウンロードをお勧めします。

 地球の裏側だって数時間で行ける時代、国内にまだこんな“遠い”場所がある

とは驚き! そこへは東京から25時間、船にゆられて行くしかない。この夏初め

て訪ねた小笠原。東京から1000km 南の、東洋のガラパゴス。ピュアな太陽、

跳びはねるイルカの群れ。その海のどこまでも透明な輝きは、もうメマイがしそ

うな美しさだった。船が週に一度しか来ない不便な場所だからこそ守られてき

た、自然のスケールの大きさ。(同時に、それでも食い止められない生態系の変

化がここでさえ免れないのも見たけれど)。この島にも、街から移り住んでそれ

ぞれのユニークな人生を実現している人たちがいっぱいいた。14年前に一家4人

で茅ケ崎から移住してきた大木眞さんもその一人だ。(ま)


かつては都会で建設会社の営業マンもしていたという大木さんが、島の暮しを選んだきっかけは、当時小学生だった息子さんの登校拒否のこともあった。最初に試しに家族で2週間ほど滞在してみて“ここなら絶対よくなる”と確信したという。誰もが一度は憧れる南の島の暮しだけど、夢に終らせなかった人たちはどうやって生活をたてているんだろうか?

大木さんの場合は、まず地元のホテルのマネージャーを3年ほどやり、そのあと周囲にあまりなかったという小さなみやげもの店を始めた。奥さんと一緒に、海辺で拾った貝殻や木や砂なんかを素材にアクセサリーを作ったり。でもそれだけだと食べていけないから、大工や土方など色々やった。私の住む八丈島でもそうだけど、田舎で暮すには“手先が器用”な人は何かと有利だ。何か一つのことだけが得意というより、ニーズに合わせて何でも工夫してやれてしまう人は便利屋として重宝がられる。ヨットなど自分で作ってしまう大木さんだから、仕事にこと欠くことはなかった。自分の家を自分で建てる人もざらにいる。

大木さんは昨年11月から、『小笠原の塩』と名づけた自然塩の製造販売を始めた。1日に15kgのみ生産というマイナーブランドだが、クチコミで遠くから注文してくる人も多いのにはちょっとした秘密がある。手作りの作業場の平釜の中では、世界屈指の透明度を誇るという小笠原の海水が、少しづつ煮つめられていた。純白の結晶を舌先にのせると、いわゆる塩の刺すような辛さでない、まろやかさそのものが口の中でとけた。

“自然塩”も近ごろだいぶ種類が増え、以前より容易に手に入るようになった。塩の専売特許が解除になり製造が自由化されたのが昨年の4月で、それ以来、自家製のものや輸入ものなど“自然塩”を商品化して扱っている所は全国で 600軒以上にものぼる。水と塩は生命の基本だから、いいものを選べるようになったのは喜ばしい。

 でも生産者としては、そんなにある“自然塩”の中から、自分が作ったものを選んで買ってもらうというのも大変なことなんじゃないですか?

「そう、自然塩が健康やお肌にいいとか、アトピーや歯磨きなんかにいいということはすでに知られていることだし、もっと別のことでアピールできる特長がないとね。僕はそれまで数年かけて、どうやったらおいしい塩ができるかを、自分なりに研究してきた。そのノウハウを生かして“料理人のための塩”を作ろうと思ったんです。味にこだわって料理をする人や、プロが選んでくれる塩というのを“ウリ”にしようと。海水をただ煮詰めただけでは、ニガリの苦味や、カルシウム分のザラつきや、濁りとか色々問題があるから、結晶化の段階でよく目を行き届かせて微妙な調整をする必要がある。その手間のかけかたで、数多くの自然塩の中でも味で抜きでようと。“かくれた地酒の銘酒”ってあるでしょ、そんな感じで、決して大量生産ではない少量極上の“銘塩”をね。値段は350gで\800、150g円で\350。料理をする時に色んな塩を使いわけたらいいんじゃないでしょうか」。

大木さんの一日は、早朝の海の水汲みで始まる。午前6時には点火して、12時間かけて15kgを生産する。自分の店に置くほか、各地の料亭、フランス料理、パン屋、ラーメン屋‥その他いろんな所からの注文で全部売り切れるそうだ。現在は設備的にも一人で手一杯だが、いつか息子が島に戻ったら一緒に働くのもいいと思っている。

息子たちには“大学にはやらない、旅に出ろ”とずっと言ってきた。いま24才になった長男は、一年半かけて世界一周のサーフィンの旅の最中。プロを目指している18才の弟も一緒だ。“登校拒否もきっとよくなる”とのかつての予感通り、「自然が与えてくれたパワーをあいつらがっちり受けとめて、元気ないい青年に育ったと親ながら思います。そのことだけでも、小笠原に来て本当によかった。今は、また女房と、いつも一緒にお酒を飲んだり音楽を聴いたり。地元でも有名な仲良し夫婦ですよ。あの人たちへんなんじゃない‥って言われるくらい。ジェスチャーのところもあるんだけどね(笑)。でもこれから年をとっていくわけだし、できるかぎり仲良く、二人の時間を大切にしようと思ってます」。


『小笠原の塩』 問合せ→ TEL&FAX 04998−2−2690 大木眞

91=1998年9・10月号