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第20回

ゆけゆけ!スパイク・リー監督


(ほった さとこ)


  スパイク・リー監督18作目の映画は「SHE HATE ME(邦題:セレブの種)」。日本は去年の秋に上映。アメリカで公開された時には賛否両論、物議を醸したそうだ。そうだろう、そうだろう。それくらいの力がこの映画にはある。
 主人公はジャックという黒人のエリート男。ハーバード大を卒業し、ニューヨークにある製薬会社の若き部長だ。映画はエイズの新薬を開発していた博士の自殺からはじまる。ジャックは博士の残した資料から自殺の理由を知り、政府の倫理委員会に自分の会社を内部告発する。倫理観や正義感からだった。でも翌日会社から解雇され、あっという間に全資産は凍結、優雅な独身生活は危機に陥る。ごぃ〜ん。そこに数年前に婚約まで進んでいたファティマが女の恋人と現れる。経済的に成功した彼女は、恋人と同時に出産したいので二人を妊娠させてほしいと大金を積む。ジャックと結婚する直前までファティマは自分がレズビアンであることをはっきりと自覚していなかったし、ジャックのことはそれなりに愛していたんですね。でもある出来事で自分がレズビアンだとわかる。だけど、その出来事が最悪で、数年を経た今もお互いに傷となって残っている。

 ジャックは自分を解雇した製薬会社や政府の証券取引委員会との戦いが始まり、妊娠に成功した昔の恋人は、お金はあるけれども子供を持てないレズビアンともだちを連れてきて、ジャックに1回1万ドルで彼女たちを妊娠させるビジネスをはじめる。
 ファティマとその恋人は5人のレズビアンを連れてくる。一人1万ドルでセックスして妊娠させるのが仕事。女たちがソファに座っている目の前で、彼は全裸になり一周させられる。このシーン、奴隷制度が手本になっていると監督は言う。奴隷は、家畜であると同時に、優秀な種馬であることが必要だった。
 セックスシーンでの彼女たちは、自分から望んだ妊娠とはいえ、彼(男)とのセックスに緊張する人もいて、過去や男への思いが感じられる。
 最初は親権を持たなくていい多くの女とのセックス、それもレズビアンであれば、自分に恋愛感情を持たれることはないので、夢のような仕事だと思うジャック。元婚約者は子供を欲しいレズビアンをまた連れてくる。最初の5人は世間でいうところのおんなっぽいレズビアンだったが、だんだん濃いキャラクターにかわっていく。ついには肉体派がやってくる!セックスは男と女が逆転していてかなり面白い!

 監督は撮影前に、エンパイアステイトビルにある精子バンクを訪ねた。ニューヨークで最も古い精子バンク。大卒だとか目の色とか、条件によって精子の値段が違う。いまに有名人が精子や卵子を商品化するだろうと監督は言う。そして、精子バンクの冷凍精子が、ほんとにその条件の精子なのかなんて、誰にもわからないとも言う。そりゃあそうだよね。
 企業の告発劇は、エンロン社のトップであったケン・レイの演説や抗ガン剤でインサイダー取引のあったイムクローン社を参考にしている。また、主人公のジャックは52歳で極貧のうちに死んだウォーターゲート事件の発見者、フランク・ウィルズと自分を重ねあわせるシーンがある。彼の通報によってアメリカの現役大統領だったニクソンは辞任し、アメリカの闇をひとつ無くすことに大きな貢献をしたのに、彼は社会的に抹殺されていたのだ。
 監督は、この映画を作るにあたり、ブルックリン在住のトリスタン・タオルミノさんにアドバイザーを依頼。雑誌のコラムニストでDVDも多数出しているレズビアンだ。彼女は監督に早い段階で「世界中のレズビアンが認める映画はない」と言った。そして、出演する女優たちを対象に、男子禁制で毎日リハーサルの後に講義や校外学習をし、女優たちは自分の世界が豊かになったと告白している。
 アメリカ国内でレズビアンを対象に試写会を開いたところ、評価は真っ二つに分かれた。白人よりも有色人種に好評だった。評価のポイントはペニス。ある人たちは、ペニスをくわえこむのはレズビアンじゃないといい、またある人たちは、そんなのは頭が固い!という。で、監督は、八方美人な映画作りはさっぱりやめて、レズビアンたちに最大の配慮はしつつも、自分の納得する映画を作った、というわけ。

 ストーリーに戻ると、ジャックはいくら大金が稼げるからといっても、身勝手な男の夢からすっかりさめて、道徳観も戻ってきて、この仕事をやめる。そして、インサイダー取引の疑いで逮捕されるんだけど、留置場に入っている時から、ぞくぞくと赤ちゃんがうまれはじめる。彼は優秀な種馬だったんですねー。
 出産のシーンはリアルでびっくりする。病院で待機して撮影、赤ちゃんが生まれる瞬間を見ることができる。監督曰く、映画を見ている人はこのシーンで一番騒ぐそうだ。多くの人は気持ち悪さで騒ぐらしいけれど、監督は美しいと思っているんだって。
 映画はまだまだ進む。わたしはこれ以上語らないけれど、主人公たちの選んだ道を応援したいな。レズビアンやゲイカップルがなかなか子供を持つことができない現実も知ってほしい。しっかし精子バンクのシーン、なかなか面白かったな。



No.143=2007年7・8月号

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