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第17回

1943年、戦時下で諭される結婚と出産。


(文・写真:ほった さとこ)


 いま、わたしの手元に『戦時結婚教程』(長尾出版報国会発行)という本があります。1943(昭和18)年の5月に出版されたもの。
 1943(昭和18)年の日本がどんな国だったかというと、1931(昭和6)年に満州事変を起こして、1937(昭和12)年は日中戦争の開戦をして、1941(昭和16)年には真珠湾攻撃を契機に第二次世界大戦に突入。戦争ばっかりですね。また、日本は当時台湾や朝鮮を植民地にしていて、中国には満州国を作ってもいます。けれども、戦局は負けが見えてきていて、ガダルカナルから撤退したり、国が誇っていた戦艦が沈没、撃沈という事態が続きます。当時、国民には知らされないことでしたが。そして、長〜く続けた戦争によって、お米や穀物は配給制になって、戦争に行く兵隊も足りず、徴兵年齢は20歳から19歳に引き下げられ、国民は軍需産業に動員されるようになっていました。わたしは生まれていないので、本や映像、あとは知り合いのおじいおばあから聞いただけの知識。その時の苦労や悲しさは、到底理解出来ません。あまりにも今と違うから。
 それでもこの『戦時結婚教程』。書かれている言葉のひとつひとつに当時の空気が感じられます。聖戦、東亜共栄圏、国家総力戦、この3つの言葉だけで、わたしは背中がぞくっとなります。「大和民族の優秀性を自覚して、永遠に発展すべき価値ある民族であることの自信を確立する必要がある。人類として優秀者であり、東亜民族における先駆者であって、東亜共栄圏の指導者であって、八紘一宇(ハッコウイチウ)の日本精神を世界に!」と書かれています。
 著者は安井洋さんという、近衛師団軍医部長を経て、当時の厚生省の優生結婚相談所長や結婚報国懇話会(厚生省の外郭団体)の役員をしていた人。それなりの立場にいて、こういう本を真剣に書いている。戦局が厳しくなってきて、日本中の若く健康な男子は根こそぎ戦争へ行かされ始めた頃なので、女子は当然のことながら、結婚する相手がいません。結婚しないと子供もなかなか増えません。それでは日本民族の発展に支障をきたすと、政府は対策を練ります。
 1941(昭和16)年、「人口政策確立要綱」を閣議決定。日本民族永遠の発展を目指して。そして、戦場へ行く兵士、軍需産業を支える国民、東亜諸民族の結合と発展のために、各地に配置する日本人がこれからもっと必要だからのようです。当時の平均結婚年齢は男子28、4歳、女子24、4歳。これをそれぞれ3年早めて、夫婦一組ごとに5人は出産するようにと書いてあります。とても具体的ですね。人口増加対策の真髄はどこまでもどこまでも「生めよ殖やせよ」の思想によって貫徹されなくてはならないそうです。そして、西洋諸国の統計を見ると、出生率の高い時代は必ず死亡率が高く、出生力が衰えて死亡率が低下している国は老年層が多数を占めていて、民族の老衰という現象を起こすと書いてあります。まるでいまの日本です。「個人を基礎とする世界観を排して、家と民族を基礎とする世界観の確立、徹底を」ともあります。ちょっと面白いのは「女性の二十二歳は荷が重なるという迷信があって結婚を避けていて、国が重大な時局下にあるのに愚味なる思想に支配されている」と迷信を批判しているところです。
 つまりこの本は、日本民族のために子供を生め!ということをいろーんな角度から、書いているわけです。でも、ただやみくもに人口を増やすのではなく、質のいい日本人を殖やすことを政府は目指しています。人口増加のための結婚促進と民族素質向上のための優生的選択が平行して行なわれる必要があるとのこと。血族結婚の利害についてや性病について、癩病(現在のハンセン病)と血統について。伝染を恐れるべきであって血統を恐れるもとではないと書いてあります(注:現在は伝染病ではないと証明されています)。また、遺伝についても病気ごとの記載があって、この遺伝は怖くないとか、この場合は多いに警戒すべしと書いてあります。そういえば、1940(昭和15年)には国民優生法なるものが発布されています。この法律によって、遺伝性疾患を持つ人に限って不妊手術が受けられるようになり、障害を持つ子を産むかもしれない人は断種していいという考えが定着したそうです。優生って、だれのことでしょうね。優生じゃない人っているんでしょうか。
 とまあ、わたしはこの本を読みながら、何度もひぇ〜と小さく叫びました。65年前にこの本は国の政策を背負って出版されたわけですね。わたしは自分の足元の危うさを感じます。愛国心って、わたしはよくわかりません。だって、自分を大事に思って、家族を大事に思って、地域を大事に思って、国を大事に思って、地球を大事に思って、自分とつながる全ての命に感謝して生きられたらってすばらしいと思うから。でも国だけを大事に思うって、変ですね。他の国はいいのかな?
 まあ、びっくりしたのは、この本に愛という言葉がなかったこと。明治生まれの男がそんなこと言えるか!っていう話じゃなくて、発想自体に愛の存在がないようですね。ふ〜ん。


No.140=2007年1・2月号

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