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第10回

おっぱいもわたしも元気。
みなさん愛してま〜す。

 (文・写真:ほった さとこ)

  6月に手術を受けました。「ヨーニ!」は、おんなのからだについてのいまを、
いろんな人と共有したくってはじめた連載。
だからわたしのおっぱいにしこりができたことも、ここに2回書きました。
今回のヨーニ!10回目はおっぱいをめぐるわたしの旅のまとめです。


 わたしがしこりを自覚したのはおととしの秋。容赦なく自分の心の深いところや身体の声に向き合うことになりました。日本の女性に乳腺疾患が増えていること、情報が行き届いてないこと、専門の医師がまだ少ないことも知りました。
 手術への決め手は今年の5月に出会った初老のホメオパス(ホメオパシーの専門家)。その頃のわたしは食事療法、操体法、手当などにたくさんの時間を費やしていました。学ぶことが多かったなあ。でもしこりは育っていきました。当時は、白い大きな紙の上で小さなわたしがきょろきょろしているようなイメージがよく浮かび、そんな自分に不安になったもんです。そういう時にそのホメオパスを紹介してくれる人がいた。ホメオパシーは、自然界にあるものから作ったレメディー(錠剤)を飲んで、身体の深いところへ作用させる療法。ホメオパスはその人にあったレメディーを選ぶために、非常に注意深く、患者、つまりわたしの話を聞きます。わたしは、いまの生活の抱えきれない問題、両親から距離を置いていること、しこりを見つけてからのこと、しこりは自分の心が作ったんだと思うんだけど、その自分をどうしていいかわからないことなどを話しました。そして、その時に「自分のしこりがこれからどうなるのか、なんとなく心配だ。」と言ったら、「なんとなくじゃなくて、すごく心配をしているように見えるわよ。」と言われ、じっと目を覗き込まれました。わたしは「そうだ。すごく心配で怖くてもう抱えきれない。やみくもに手術をさけてきたけど、ここまでがんばったし、切ってみることもひとつの勇気だな」とスッと思いました。その人は知恵があり、経験があり、深い愛情を持っている女性。部屋にはターラのタンカが掛けてあり、好きな本や石が並べてあり、静かで豊かな時間がそのおうちに流れていることがわかる。普段はかなり意地を張っているわたしも心の蓋がとれて、私のどこかに残っていた勇気まで引き出してもらいました。
 そこからの私の行動はとても早い。いいタイミングがきたら、パッと動く。これって大事。なので、乳腺専門で手術経験の豊富な医師を探しました。結局、検査を受けたことのある埼玉県の帯津三敬病院です。患者は気功や漢方なども受けられ、食事もそれなりに対応してくれます。そして手術。それまでの複数の病院で受けた検査から乳がんでないことはわかっていたけれど、そのしこり、腫瘍が何なのかははっきりしておらず、術後の病理検査で「葉状腫瘍」という結果がやっと出ました。腫瘍は良性。年間乳ガンの手術が100件あるとしたら葉状腫瘍は1〜2件くらいで、悪性の場合は葉状肉腫とも呼ばれます。取った腫瘍は直径11cm、約400gの重さがあり、術後は身体が軽くてすっきり。他の病院で「再発や転移をさせない為、おっぱいはほとんどなくなるけれど腫瘍のまわりも取りましょう。」と言われたこともあった。でも今回の手術は腫瘍以外は乳腺をちょっと取っただけ。執刀医はそれで充分だという考え。先日受けた術後3ヶ月の検査でも取り残しなし、転移もなしってことでした。それでも手術前の医師の説明では乳腺は取らないという方向だったので術後はショックだったけど、またすぐに手術を受けるのは嫌だし、開かないとわからないことが多いと言われていたしね。これからもその医師と付き合っていくかはこれからの様子次第。なんといっても手術が上手だったのです。そしていまのわたしの左右のおっぱいの大きさはちょっと違う。傷口も長く残ってます。でも、このびっこで痛い感じを大事に思ってます。不器用にがんばった傷であり、痛みであり、これから自分が作っていく人生への誓いでもある。こういう、傷口に誓っちゃうところがまたわたしの真面目なところというか、固いところなんだな〜とさいきんわかったんだけど、それもわたし、なのですね。ふふふ。
 入院生活の最大のヒットは同じ病室の50代から80代までのおんなたちでした。ここに入院したいという遠くから来た人から近所の農家のおばちゃんまで、外科患者ばかりの6人部屋。漬け物やお菓子を分けてくれたり、一緒に韓国のドラマを見ちゃったり。乳がんの人が2名いました。ふたりともおっぱいだけでなく周囲の筋肉やリンパ腺も取っていたので片方はぺっちゃんこ。「もう孫もいるけれど、ちょっと悲しいわよね」と話してくれました。わたしはその言葉を聞いて、すごく悲しいんだろうなと思いました。それでも朝になり、夜になり、人生は続いていく。「腫瘍を作る人は私にはわかる。あなたも自分で作るタイプね。」とも言われた。その人は乳ガン。いつもやさしくって自分を後回しにしてきた人でした。でもこれからはわがままに生きるそうです!イエ〜イ!
 いまでも繰り返し思うことは、しこりを作ったのはわたし自身だということ。心が苦しくて、逃げ場を求めていた。でも私は暗い場所に閉じこもって現実から逃げることばかり考えるようになっていたので、その苦しさや悲しさをかたまりにして、正反対にあたたかくてやわらかいおっぱいの隣に置いたんだと、どうしても思う。何度も思う。切り取った腫瘍の写真を医師から記念にもらったら、腫瘍はざくろと豚肉の脂身をまぜたような赤くて丸いものでした。もっとドス黒いかと思っていたけど、けっこうきれい。もともとの身体にそれを作る機能はないのに、わたしの身体のどこかでこつこつと作っていたんですね。自分を大事にしていないと人は病気になっちゃう力を持っている。でも、もうそういう機能はありませ〜ん。持ちませ〜ん。好きなことを大事にして、蹴散らして生きていくのだ。この間、たくさんの人たちがお世話をしてくれました。気をかけてくれました。お祈りもしてくれました。ほんとうに感謝してます。みなさん愛してま〜す。
 それではまた。ヨーニ〜!(alohaな感じで)!

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No.133=2005年11・12月号

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