イベント案内/報告

金子亘の作品

近藤直子のページ

リンク
リコーダーのページ


なまえのある家「Rupa」

第四回 ムジカ・ムンダーナとムジカ・フマーナ

 10数年前、私は西欧中世・ルネサンス時代の音楽や民族音楽に凝っていました。まだ世界が西と東に分化していない時代の音楽は、とても新鮮で霊的に聴こえました。止むに止まれぬ思いで自分なりの探求を続けていましたが、音楽そのものを見れば見るほど、遠い時代の遠い国の音を、何故、今の私が求めたくなるのか…、そんな疑問が湧き起こってきたのです。生まれては消えゆく音。神秘的な、決して掴むことのできぬ波動。例えば、14世紀後半の北イタリア、17世紀初頭のイギリス。得も言われぬ不思議な音楽が生み出された時期には、表層的には見えてこないレベルで何かが起こっていたのかも。その時の星の並びも関係しているのかしらと、さまざまな思いを巡らしたものです。
 ところで、西欧の音楽観を表すものとして、12世紀に出版されたポエティウスの『音楽論』が挙げられます。彼は著書で3つの音楽を紹介しています。1つは、ムジカ・ムンダーナ。マクロコスモス、つまり宇宙にかかわる音楽です。2つめは、ムジカ・フマーナ。これはミクロコスモス、自分の心身にかかわる音楽。最後に、ムジカ・インストゥルメンタリス。実際、人間の耳に聞こえる音楽は、3つめのムジカ・インストゥルメンタリスだけですが、この現象する音楽の根源には、「私」と「宇宙」にかかわる、前者2つの音楽をも内在しているというのが、当時の音楽観だったのです。
 この世界観を象徴するような出来事が、音楽を超えて私の心身に起こり始めた頃、いつの間にか疑問は消えていました。音を手放すことによって得られる豊かさに気づいたのです。音をそのままに、あるがままにしておく。ただ、見る。どんなに遠い時代の音楽を奏でていようと、今、ここに生きる音の中には、私があり、宇宙がある。
 音楽に限らず、すべての想念、行為、出来事の根底に、「私と宇宙」が内在するとすれば、私達一人一人が発する想念、行為、出来事は非常に意味深いものとなってきます。瞬間ごとに、「私と宇宙」に出会っていることになるのですから。言い換えれば、音楽や想念、行為、出来事と思っていたものが、実は、まったく別な次元のものであるかもしれない、ということです。この世界を、沈黙と内的静けさをもって、ただ、見るならば。
   *******
 8月6日夜7時から、Rupaで今井てつさんのシンセサイザーライヴが行われました。熊野や吉野など、「水」にまつわるスポットを巡礼して天理にやってきた、てつさん。Rupaに到着するなり、空が曇り始め、久しぶりの雷雨になりました。雨後にひんやりと風が吹き始め、肌寒いほどに涼しい夕べは、1年前のいのちの祭りさながら。祭りでピースドームを彩った「五色の布(阪神・淡路大震災以来、イベントなどで人々の祈りや思いを書いた布を結びつなげた布)」を、ライヴ前にみんなで飾りました。が、実際は飾るというより、遊ぶという感じ。欄間をくぐらせたり照明にひっかけたりして、蜘蛛の巣のように支離滅裂に布を張り巡らしていたのでした。「混沌とした五色屋敷だ」などとみんなで笑っていたのですが、いざライヴが始まってみると、その場にいた人達のほぼ全員が畳の上に寝転がり、下から「五色の布」を見上げるかたちになったのです。
       *******
 「思いつくままに布を飾ったつもりだったけど、音楽が始まると、不思議と無秩序の中でそれぞれの思い(祈り)が自由に行き交って笑っているように見えて、やさしい空間になった。無作為なようで、実はすべてかかわりあい、影響しあってる、深いところの魂の関係が形になったようなイメージ」という水野有里さんの感想に、私も深く共感せざるを得ません。これは、下から眺めるべくして張り巡らされた布だったのか。聴衆の手によって張られた「五色の布」の祈りが、人々の思いと音楽を通して、つながりながら拡がっていく…。最後には、てつさんの音と共に多くの歌声が自由にわき起こり、静けさに満ちた不思議なセッションになりました。演奏の後、ほとんど拍手もなく、ほっこりと気持ち良さそうに寝転がったままの人々、そして長い沈黙。多くの感想は以下の通り。「これは単なるライヴではない」。
       *******
 今回の録音が欲しい、と多くの人達が言っていましたが…、もうすでに、「私か宇宙」のどこかに録音されているのかもしれません。音楽やライヴという名の下に、実はもっと別な次元のものが生まれていたのでしょうか。一人の経験であると共に、宇宙全体の普遍的な経験でもあるところの何かが。とにかく、雨が降り、涼しい風が吹き抜けた。私達の中にも、宇宙の中にも。
 翌日の午後、てつさん達は西へ、「五色の布」は東北、「炎の祭り」へと旅立ちました。

お知らせ
「江草・びっくりたまて箱」(9月21日〜23日)で、「リコーダーで遊びながら宇宙を感じる」と題して、近藤が中世・ルネサンス期の音楽のワークショップを行います(予約制)。詳しくは、こよみ欄を参照。

(イラスト=金子亘)