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なまえのある家「Rupa」


神の依代、正月のお供え餅

 正月の準備は、大切なお客様を迎えるときの、心を込めたしつらえに似ている。もともと正月は、1年でもっとも大切なお客様である、歳神様たちを迎える行事。しかもこの神々は、客間だけではなく、家のすみずみまで、果ては家族一人ひとりの内にまで訪れるという、いとも不思議なお客様なのだ。
 お供え餅と言えば、まずは鏡餅。しかし古くは、鏡餅にも様々なバリエーションがあり、鏡餅以外にも、多種多様なお供え餅があった。しかも家ごとにかなり異なる。とにかく家中、随所にお供えするものだから、最初に搗く一臼はすべてお供え用の餅となるのだ。
 今なお多くの家で多様なお供え餅が継承されている奈良県東北部、東山中(大和高原)の山添村。年末、年輩の主婦や家長の指示の下、一家総出でお供え餅づくりに取りかかる。毎年、家族全員で餅をこしらえることで、自然に継承されていくのだ。
「ご先祖さん、十二月さん、三日月さんに、小判さん、道具餅。祝い膳もあるしね…」。
 山添村にお住まいの主婦たちに、お供え餅についてお伺いすると、次々と餅の名が挙がる。餅そのものが神の依代として半ば神格化されているために、その多くが「さん」付けである。家ごとの違いが際立っていることを念頭におきつつ、今回はあくまでも一例としてご紹介しよう。

 山添村箕輪のA家の場合、恵比寿さんには「三日月さん」(小餅を載せた三日月型の餅)と「小判さん」(楕円形の平餅)2つを供え、大黒さんには二段の鏡餅を供える。恵比寿さんと大黒さんは同じ神棚に祀られているため、同じ盆の上にしつらえる。床の間には、「十二月さん」(12個の丸餅)と「仏さんの餅」(10個の丸餅)を、同じ足つき盆に準備し、間にミカンを3個置く。新年が閏年の場合、「十二月さん」の餅は13個となる。
 同村松尾のB家では、「三日月さん」は、「十二月さんのお膳」、または「山の神さん」と呼ばれる供え膳に並ぶ。裏白(シダ)の上に、干し柿とミカン、「十二月さん」、「三日月さん」を置いた膳が、奥の間に供えられるのだ。
 さらには、祝い膳(拝み膳)も。専用の膳または三方に、半紙、餅、裏白、柑子(またはミカン)、栗、トコロ(山芋の一種)、串柿、昆布、お金などの供物を並べ、元旦の朝、東またはその年の恵方に向いて、家長から順次、両手で膳を掲げて家族全員が拝礼する。家によって膳の数、供物の組み合わせ、並べ方も実に様々だ。
 こうしたメインのお供えのほかにも、農機具や大工道具などの道具類一式に供える「道具餅」などもあり、家によっては井戸や蔵、車にまで餅をしつらえる。一臼分の餅が、まさに家中に行き渡るのだ。しかも隣同士であっても、家ごとに供え方はまったく異なる。
 つまりお供え餅は、親から子へ代々継承されてきた「家ごとの文化」そのもの。紅白歌合戦がまだなかった時代、福火迎え、お水取りなど、歳神を迎える一連の準備は、家族が神官になる、徹夜の神事だったのだ。正月は、祖先と自然を敬う心をもとに、家族の絆を深める節目。古きをたずねる心にこそ訪れる、初々しい新春。この新年には、我が家の歴史を振り返ってみるのもいい。しつらえのヒントは、きっと身近に見つかるはずだ。声なき声に耳を傾け、原点の心を迎え入れることができたなら。


名前のない新聞 No.158=2010年1・2月号 に掲載