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なまえのある家「Rupa」

第十一回 心いさんで 

 天理教の教祖、中山みきが晩年、自動書記で著した「おふでさき」。明治初期に書かれたこの書は、今では天理教の聖典となり、信者にとって信仰の指針となっています。原文はひらがなを主体とした大和の方言による歌の形式をとっていますが、他の多くの宗教組織の例にもれず、天理教でも「聖典研究家」の信徒による近年の標準語の意訳を媒介として浸透しているようです。
 宗教には無知な私ですが、原文と意訳文では、かなり意味が乖離しているように思われる箇所が多々あります。特に気になっていたのは、「心がいさみ」、「心いさめかけ」と頻出する原文に対して、「心勇ましく、布教に励むように」と強引に意訳されている点でした。そこから生まれるイメージは、迫害に負けず、果敢に、勇ましく布教活動に勤しむ信者の姿です。大戦後の出版物であるにもかかわらず、その箇所だけはあたかも戦前のプロパガンダのように感じられ、どうしても違和感をぬぐうことができませんでした。

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 今年に入って、市内に住む百三歳のお年寄り、Aさんと話をする機会が何度かあり、彼女との対話のなかで、例の「いさむ」の謎が解けたような気がしました。江戸時代以前の日本の一般的なライフスタイルと感覚を継承してきた最後の世代であるAさんは、私の質問を契機に、当時、庶民の生活に根付いていた自然観や生活観を見事に蘇らせてくださいました。百姓であり、土着のカミ信仰家でもあり、ムラのヒーラーでもあった舅のサポート役もこなしていたAさん。沖縄以外ではなかなかできない神々や龍の話で盛り上がった後、Aさんの口をついて出た言葉が、私の心にすんなり入ってきました。
「ほんまの拝みは、『いさみ』が出るよってなあ」。
 大和の古くからのカミ信仰でいう「いさみ」とは、真摯に拝むうちに神仏と一体になり、やがて合わせた両手が震えてくる状態を指していたのです。

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 現代標準語の「勇む」という言葉は、自身を奮い立たせて敵に立ち向かう、そんな戦いに臨む場面で使うことが多いものです。しかし、ほんの何十年か昔まで日常生活のなかで使われていた「いさむ」は、それとはまるで相反する内容だったのです。目には見えない神仏と対峙し、自らのエゴを手放すことによって、神仏と一体となる。全身を力ませた勇者の姿からはほど遠い、力を抜いて、自然とひとつになった静かな心境。外的世界に敵対するのではなく,内なる神仏とつながることによって、世界を見通すまなざし。
 勇み足に拍車がかかり始めている世界情勢の今は、「勇気」の本当の意味を改めて問い直すべきときなのでしょう。

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 先日、自分の内側を見つめていたとき、あるビジョンが沸き起こりました。
 僧侶の雰囲気を漂わせた数名の人達が、長い紙に、漢字と思しき文字を筆で書き記しています。後方から眺めている私には、文字の詳細はわかりません。突然、筆を止めた彼らが私の方を振り返り、「この文字は、この子に書かせよう」と言って、私に筆を渡しました。即座に書くべき文字が思い浮かんだ私は、黒々とした墨字で、空白部分に「平」という文字を書き込んだのです。
 我に返って、一連のビジョンの意味を噛みしめてみると、まさに今の自分自身に欠如しているものを痛感せざるを得ませんでした。
 「平和」は「平」と「和」という言葉で成り立っています。「和」に比較すると目立たない「平」ですが、「和」にとってはなくてはならない要素なのでしょう。外世界がどんなに荒れ狂っているように見えても、平らかで静かな内的世界を自ら創造する。傍観でもなく、戦いでもない、第三の道を歩むべきときが来たのです。

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 常にリンクし、同時進行しているマクロコスモスとミクロコスモス。身近な問題は常に、より大きな問題に直結しています。私の周辺でも、現在の国際情勢のひな形を連想させるケースが見受けられます。最近、そこで学んだことは、不満や憎しみ、怒りの思いで動き、連携してしまうと、相手に恐怖と不安を植え付けることになり、結果として事態は悪化してしまうということです。日常生活の中の些細な事件かもしれませんが、以降、硬直化していく世界情勢のニュースが耳に入る度に、自分の責任として重い気分にならざるを得ませんでした。思いが迅速に現実化してしまう今の世界では、何をするにしても、自らの内的世界を見つめ直すことが不可欠になっているのです。怒って当然の存在、最も虐げられてきた存在は、地球そのものです。地上に生きる私達の怒りと憎しみの思いは、地球にどのように共鳴しているのでしょうか。

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 いかに恐怖と憎しみの渦が外的世界に巻き起ころうとも、平らかで心静かな境地を内側に生み出す「勇気」。柳生真陰流兵法の創始者である柳生石舟斎宗厳は、素手になった低い姿勢で相手の武器をとる、無刀流を完成させました。戦国時代の最中に敢えて武器を捨てた剣聖のこの境地こそ、本当の意味での「勇気」ではないでしょうか。
 日本も大きな原因となっている一発触発の世界情勢。このようなときにこそ、希望を捨てずに「心いさむ」日々を送りたいと思うのです。新聞やテレビなど、外から押し寄せる情報に囚われず、日常生活の中の些細な言葉を静かな心で聞き、自らの声に耳を傾ける。心の中の武器を捨て、内なる神とつながる「勇気」をもつことができるか、問われているように思えてなりません。

    月日(親神)たいない入こんだなら
    にちにちに ひとり心がいさむなり

          (中山みき『おふでさき』から)

(イラスト=金子亘)


名前のない新聞 No.119=2003年7・8月号 に掲載