92.  死刑まである中国の麻薬事情
 中国で覚醒剤2,5キロの密輸罪に問われた日本人死刑囚が、4月5日に死刑を執行された後、9日には更に3人の日本人死刑囚が同罪で死刑執行された。1972年に日中国交正常化以来、初めてのことである。
 覚醒剤2,5キロ程度なら日本ではせいぜい7年の刑といわれているが、中国では阿片の場合は1キロ以上、ヘロインと覚醒剤は50グラム以上を密輸した場合、最高で死刑と定められている。日本政府は中国当局に対して、死刑執行による日本の国民感情や邦人保護の立場から懸念を表明したが、日本にも死刑制度が存置している 以上、量刑は程度の差にすぎない。そして中国政府が麻薬に厳格なのは、それなりの歴史的事情があるのだ。
 19世紀の英国の植民地戦略は、既に植民地化したインドで阿片を生産し、それを大量に中国に運び込んだ。
そのため中国人は阿片にはまり、中毒し、廃人化し、亡国に追いつめられた。当時中国の主権国家であった清国は、英国との阿片戦争(1839〜42)に敗北し、上海など5港を開き、香港を英国に割譲した。この時のトラウマが中国当局をして、麻薬の製造、密売、密輸に対する厳罰主義を生むと同時に、使用者には刑事罰を問わず、中毒治療を優先している。即ち「麻薬使用自体が第三者の権利を侵害するわけではない」というわけだ。そこで前科のない場合は最高15日間の拘留と罰金2千元(約2万7千円)が科せられるだけである。また中毒患者は日本と違って、刑務所ではなく、「戒毒所」に入れられ、約2年間、依存症治療のため心のケアが行われ、畑仕事などに従事する。
 日本人4人が死刑になった覚醒剤シャブは、北朝鮮から中国へ年間数トンが流入しており、それは北朝鮮の軍隊が製造している。友交国である北朝鮮には寛大だった中国も、国内での汚染が深刻化するに及んで外国人の運び屋の取り締まりを強化、昨09年は外国人1559人を摘発、薬物1,96トンを押収した。
 ところで中国の薬物禁止委員会の報告によれば「09年の薬物犯罪は約7,7万件、容疑者9,1万人を摘発(前年より24%急増)。ヘロイン5,8トン、覚醒剤6,6トン、大麻8,7トン」
                                           (朝日新聞4月7日)

 これを見て「えッ! 中国にも大麻取締法があったの?」と驚いたのは私だけであるまい。ヘンプブームの今世紀になって、ヨーロッパやカナダなどの大麻製品が輸入されるようになったが、それまでは大麻市場といえば中国に独占されていた。90年代初めに大阪心斎橋に大麻堂がオープンした頃は、大麻製品といえ ば繊維類はもとより全てが中国産だった。あるいは雲南省の大理地方を旅してきた旅人からは、野生大麻の大群生を見たと聞いた。そして北京オリンピックでは大麻のトラブルを一切聞かなかった。だから中国には大麻取締法はないものと思ってきたのだ。
 おそらく嗜好用の大麻と産業用の麻を、法的に区分しているのだろう。しかしシンガポール、マレーシア、インドネシアなど華僑が実権を握る国では、大麻でも死刑はありうるのだ。中国だって運び屋の場合は大麻で死刑もありうるだろう。
 かつて中国を亡国の淵にまで追いつめた阿片は「麻薬の女王」といわれ、ヘロインに精製されて欧米でも猛威を振っているが、日本人には相性が悪く、ブラックマーケットにもほとんど出回らないようだ。だから日本には深刻な麻薬中毒禍などなかった。
 戦後の飢えの時代、軍から払い下げられた自爆テロ(神風特攻隊など)用のヒロポンが出回ったが、これは一種の強壮剤という感じで、警察の取り締まりもなかった。ヒロポンからシャブへ、覚醒剤系が日本人好みなのだ。警視庁によれば、09年の検挙者は11688人(前年比6%増)
 これに対して大麻の検挙者は2931人(前年比173人増)1956年以降、過去最高と出た。
 最近は大麻の裾野が広がり、女子中学生なども逮捕されている。まだ若いのにタバコやシャブなど見向きもせず、大麻を選ぶとは健康的で賢明なこと、将来が頼もしい。
                                         (4.11)

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