8. 大麻の密輸について

 大麻樹脂約70グラムを下着に包んで隠し持ち、オランダから密輸しようとした若者が福岡空港税関で発見され、更に病院でレントゲン検査をした結果、胃の中から32個に小分けしてラップに包んだ大麻樹脂約70グラムと、肛門から腸内に8個のコンドームに小分けした大麻約100グラム、合計約240グラム(末端価格150万円)が発見されたと、朝日新聞(06.1.12)は押収品の写真入り3段抜きで報じた。
 大麻樹脂などを飲み込んで密輸する方法は、サランラップが市販されるようになった80年代から行われており、たった240グラム程度の押収で今更ビッグニュース扱いすることもないと思うが、昨年は運び屋たちの「魔の成田空港」における大麻事犯の摘発が例年の半分程度しか無かったというから、他の国際空港も舐めるなということか。
 それにしても「飲むなら持つな」という密輸の鉄則さえ知らない若者には困ったものだ。この若者の場合でも下着に隠し持った分が発見されなければ、飲み込んだ分は成功していたはずだ。240グラム程度なら1度に飲み込める量だ。私は飲んで運んだことはないが、経験者たちの話によれば、1度に飲んで運べる量は300から500グラム程度、なかには1キロを飲んだという剛の者もいる。1キロの大麻樹脂といえば茶缶1本分くらい。それをラップで何重にも包むのだから相当な量になり、大男でもしゃがむと吐き出しそうになるとか。
 ラップの端は熱で溶接して密封するが、包みが薄いと胃の活動で剥がれる場合がある。大麻樹脂の場合は天国の夢を見る程度で人体に支障はないが、ヘロインやLSDの場合は狂い死んだという話を聞いた。
 大麻取締法と関税法という2つの法律を犯し、ますます厳しくなる税関の検査を思うと、大麻の密輸を勧める気は毛頭ないが、「飲むなら持つな」の鉄則も知らず、家族や友人に多大な迷惑をかけ、自らも犯罪者にされてしまう麻の民を思うと、やっぱり黙ってはおれなくなる。なぜなら密輸は失敗するから犯罪になるのであって、もし成功していれば自他ともに被害者は無く、功徳は無量、犯罪は成立しないのだから。いわば犯罪防止のための一言を語っておこう。
 私が初めてチャラスの生産地ヒマチャルを訪れた82年秋、インドではまだサランラップを市販していなかった。ヨーロッパ人の運び屋からラップを手に入れた地元のディラーたちは、この防水、防湿、防臭のケミカル製品の登場に目を輝かせていた。やがてヒマチャルの至高の名品「パールヴァティ」が、ラップに包まれて世界各地に密輸されて行くのである。だがその時点ではまだ、飲んで運ぶという話は聞かなかった。収穫期とあってヨーロッパやオーストラリアなどから沢山のガンジャ・フリークスが押し寄せて、マナリやマニカランの茶屋や路上ではチロムを回しながら、密輸情報を交し合っていたが、ラップに包んだチャラスを口から飲んで、胃と腸に入れたまま空を飛んで税関を突破し、ホテルの便所で排便と共に押し出し、水洗いして包みのラップを取り除くなどというアイディアは、まだ誰も思いつかなかった。
 そのため運び屋たちはラップに包んだパールヴァティを、民族衣装に縫い込んだり、楽器や工芸品に仕込んだり、革靴やトランクなどに二重底を作るなど、アイディアと手先の器用さが勝負だった。もっともこれらの作業は自分でやらなくても少し金を出せば地元の職人たちが完璧にやってくれた。パールヴァティを求めてやってくる異国のフリークスに対して、女神の故郷の山岳民は優しかった。神話的なロマンチシズムがまだ残っていた頃だ。
 しかし現在のヒマチャルは違う。そこは大麻道の道義が廃たれた世界だ。ポリスと組んだ売人が売った客を密告し、ポリスが捕えて罰金を取り、押収したチャラスを売人が次の客に売り、それを密告してポリスが捕えて罰金を取るというシステムが横行しているとか。信用できるコネがない限り、ローカルの売人のものは手を出さない方が賢明だ。
 ヒマチャルでブツを手に入れても、デリーまでの下降バスには途中、山賊のようなポリス共が網を張っているから日本人旅行者が無事通過できるはずがない。従ってローカルの運び屋を雇うことになるが、これも信用できる人間でないとデリーで落ち合う約束だったのに、待てど暮らせど現れなかったという話もざらにあるそうだ。
 さてフライト当日、小分けしてラップに包んだチャラスを飲み込む前に、ホテルのバスで全身から大麻の匂いを洗い流しておこう。爪のゴミも用心。荷物や服、ズボンのポケットの底のゴミなど、犬の鼻はゴマ化せない。
 チャラスは少しづつ時間をかけて水と共に飲み込む。初心者は欲を出さず300グラム程度にしておくこと。というのは、インドから日本までのフライトは途中一度は機内食が出るのだ。これに手をつけないと不審がられ、マークされる可能性がある。経験者の話では300グラム程度のチャラスなら機内食の一食くらいは入るとのこと。
 日本の空港に到着し、ターミナルビルをイミグレに向かって歩きながら、イミグレのカウンターに設置してある体温センサーのランプに注意。これはサアズ騒ぎの時に設置されたものだが、平温なら青、高温なら赤。大量の異物の入って腸が熱くなっている場合は反応するから、前を行く人を盾にしてセンサーを避けること。
 イミグレで帰国手続きを終えると次はターンテーブルのある広いロビーだ。ターンテーブルの脇で自分の荷物が出てくるのを待つ間、犬をつれた検査官が巡回してきて、衣服や手荷物を嗅がせるが、腹の中のチャラスまでは犬の鼻でも嗅ぎ出せないからビクビクしないこと。挙動不審だと天井に設置されている監視カメラを通して税関のカウンターにモニターされるだろう。そしてこの間、ターンテーブルのカーテンの奥では、犬が荷物検査をやっているのだ。ここで私の失敗を語っておこう。
 92年春、私は10代半ばの2人の娘を連れてインドを旅した帰り、バンコクのゲストハウスでフライト前夜、吸い残った40グラムほどのチャラスの処分に一計を思いつき、娘たちの手荷物の菓子袋の中に、チョコレートと一緒に数個のチャラス・スティックをまぎれこませておいた。当時の大麻情報では成田空港は、ターンテーブルのカーテンの奥には犬がいるが、ロビーへ出てくることはないと言われていた。荷物検査をされるリックにブツを入れなければ、娘たちの手荷物が怪しまれる理由はないと思ったのだ。
 娘たちとターンテーブルの荷物を受け取り、税関のカウンターに赴いたところ、検査官がリックを調べさせて下さいと言って脇のポケットを調べ始めた。彼はポケットの底を爪で引っ掻いてゴミを集め、それをガラスの試験管の中へ入れ、透明な液体を注ぐと「赤くなったら大麻の陽性反応ですからね」と言って軽く振ると、たちまち赤くなった。10年近くも使い古したリックには、大麻の臭気が浸みついていたに違いない。
 かくて娘たちと共に特別室に連れていかれ、別々に検査をされるやたちまち娘たちの菓子袋のチャラスが発見された。手錠を掛けられた親父を見て、娘が「ポンちゃん 格好良い!」と言って、役人たちを唖然とさせたのがせめてもの慰めだった。娘たちは翌日、身元引受人に救出されたが、私は2ヵ月半ばかり旅が長引き、5年の執行猶予つきで出てきた。
 では最後に、まんまと成功した話をしておこう。それは2度目にインドを訪れ、1年後にヒマチャルからチャラス500グラムを持ち帰った83年春のことだ。パールヴァティを単なる土産話ではなく、本物の土産にしてやろうと再度ヒマチャルを訪れ、馴染みのチベタン・ディラーの家で、折から滞在中の運び屋志願という日本人の若者に出会った。
 お互いの名前や素性は明かさないという前提のもとにチロムを交し、数日間の寝食を共にするうち、この都会的でクールで物静かな若者から、私は運び屋の大麻道を学んだ。彼は既に先輩を手伝って密輸の経験はあったようだが、今回は独りでプロとしてデビューするとか、当初目標は1キロ。これから1年間インドを旅して、何に仕込むかを研究するとか、トランクには工作道具がぎっしり詰まっていた。
 そこに紙粘土があることを確かめ、私は一計を案じて協力を求めた。それは私の「せむし」という特異な背中に合わせて、紙粘土でギブスを作り、その中へチャラスを埋め込むというもの。このアイディアに彼は惚れ込み、一日がかりの作業の結果、500グラムのチャラスを埋め込んだ見事なギブスが出来上がった。上着を着れば不自然さはなく、細工は流々だった。(今なら自爆テロ容疑だ?!)
 そこで私たちは、お互いの成功を祈って別れた。大麻道の道中で出会った一期一会の縁だった。別れ際に、名も素性も知らないガンジャ・フリークは言った。「成功しても、2度と同じ手を使わないのが、プロだって」
 オールドデリーの中古バザールで背広を買って、ギブスをつけた身体を包み、リックを捨ててトランクを買った。途中バラナシでホーリー祭を見てカルカッタへ。空港のボディチェックを用心したが、何と私の前の男が税関の役人にワイロを渡すのを目撃したため、役人は私をノーチェックで通過させたのである。バンコクは入港、出港共にボディチェックなし、犬なし。日本へは直接飛ばず、台北空港へ。ボディチェック、犬なし。台北から汽車で基隆へ。そして基隆港から船で那覇港へ(身障者半額)海港にはボディチェックなし、犬もいない。(現在は不明)
 かくてパールヴァティ500グラムをまんまと運び込んだのだ。確かに密輸は面白い。税関を突破する時のスリルと緊張は病みつきになりそうだ。幸か不幸か、私はこの成功の直後、別件(爆弾犯人の隠匿)で逮捕されたので、再度の挑戦の機会を失い、10年後に娘連れのドジをやったのだ。
 最近犬の嗅覚の何倍もの「匂いセンサー」が発明され、これで検査すると体内に飲み込んだ大麻の匂いもキャッチされるとか。そんなメカニズムが完備された日には密輸など誰も手を出せないだろう。犬も検査官もリストラだ。それは無機質なロボットに人間が管理支配される世界だ。事実はどうあれ情報だけで、誰も手が出なくなる時代とは何だ?
 しかしともかく今年1月現在、朝日新聞が報じることが事実ならば、福岡空港にはまだ「匂いセンサー」は設置されていない。                                06.2.17


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