〜アオテアロアからアイヌモシリへ〜

「先住民族サミット」アイヌモシリ2008

本出 アデル みさ


2008年6月の夏至の集い、World Peace and Prayer Day Aotearoa から日本に戻ると間もなく、先住民の声を届ける国際会議、「先住民族サミット」アイヌモシリ2008の開催(7月1〜4日)が待っていた。G8洞爺湖サミットが開かれるアイヌモシリ=「人間の住む大地」北海道で、アイヌ民族の草の根の努力で実現したこの集いに、世界12カ国22民族が集った。

私はWPPD 2008 アオテアロアのオーガナイズを終えたばかりのザック・ビシャラを含むマオリ代表一行と共に参加。アオテアロアではアイヌ代表として参加していた結城幸司さんが、今度は先住民族サミットの事務局長を務めている。国連は昨年「先住民族の権利に関する国連宣言」を採択、先住民族の存在とその権利を認めざるをえない流れを国際社会につくる大きな一歩となった。今回のサミットは、先進諸国サミットと連動した草の根先住民族サミットとして世界初の試みで、それをアイヌ民族が始めたということは本当に嬉しい。また、事務局長という晴れがましい大役を務める結城さんを、サポートしにやって来たザックの思いを感じ、喜びもひとしおだ。

参加した世界のゲストには、国連先住民問題に関する常設フォーラム議長を務める知的行動派のヴィクトリア・タウリ・コープスさん(フィリピン・イゴロット)、ノルウェーのサーミ、オーストラリア・アボリジニ、亀の島からネイティブ・アメリカン(へメス・プエブロ、コマンチ、マヤ・カクチル、ミスキート)、グアム・チャモロ、台湾・チン民族など、世界的に活躍している面々が揃っていた。

サミットはアイヌのコミュニティ・二風谷(にぶたに)を拠点に、2日間の交流とウコチャランケ(話し合い)が展開、先住民族が直面する諸問題について、環境、権利回復、教育という角度から核心に迫るトークが繰り広げられた。毎夜の交流会では、北海道から関東までのいくつものアイヌ団体のメンバーや長老たちをはじめ、各国の参加者がストーリーテリングや歌を披露し、それぞれの伝統や文化を分かち合い、互いに共通する響きを楽しみ、確かめ合った。アイヌの長老たちはユーモアと余裕たっぷりにゲストをもてなし、若者からスタッフ、海外ゲストがつくる踊りの輪は沢山の笑顔と手拍子で盛り上がった。

会場には先住民族をはじめ、関心をもつ全国からの参加者で常時500人近い人々の熱気で溢れていた。私が参加した教育分科会は萱野茂アイヌ記念館で行われた。故萱野茂氏はアイヌ文化の伝承と記録に大きな功績をあげた研究者で、晩年にはアイヌ民族初の参議院議員として活躍された。私は当時萱野氏を社会党の上位に指名されるキャンペーンに関わった経緯があったので、ここに来られて感慨ひとしおだった。分科会ではアイヌ差別を受けた若者たちの心の叫びがストレートに発せられた。まだ20代の彼らが、この現代日本において民族差別を受けてきた事実に私は唖然とし、心が痛んだ。一時静まりかえった会場に、同じような悲しみと痛みを知り尽くし、乗り越えてきたネイティブ・アメリカンやマオリ、台湾先住民族の方々が、それぞれの経験を分かちあい、互いの気持ちを受け止め支えあった。そこにはとても深い苦しみと体験から生まれる、大地の奥深くへ延びる根のような強さと希望を感じた。私を含む多くの非先住民がいる場所で、あれほど心の奥深くを語るには、勇気と寛容さがなければできなかったと思う。

アイヌの聖地につくられた二風谷ダムや、計画が進む平取ダム予定地見学の後、会場は札幌に移り、アイヌ文化交流センターでの伝統的なチセにてカムイノミの儀式と交流があり、最終日には札幌コンベンションセンターにて今回のサミットでまとめられた提言が発表された。記者会見では、洞爺湖サミットに集まった外国人記者や国内メディアも多く参加、部屋はあふれんばかりの熱気でつつまれ、統括代表で故萱野氏のご子息である萱野志朗氏をはじめ各国代表の力強いメッセージが響いた。その夜は大きな会場で「先住民族ミュージックフェスティバルinアイヌモシリ2008」が開催され、Oki + Marewrew、 Ainu Art Project、AINU REBELSといった今をときめくアイヌアーティストたち、沖縄から寿 Kotobuki、そして海外先住民族のパフォーマンスでテンションは最高潮に達した。海外ゲスト、アイヌコミュニティー、ボランティアの若者たち、みんなが新たに芽生えた友情をかみしめあい、別れを惜しむハグがいつまでも終わらない、感動の夜だった。

先住民族といえば、ニューエイジやヒーリング関係者からその精神世界や儀式ばかりに関心がよせられ、彼らの体験してきた複雑な歴史や文化を深く知ることもなく、好奇心や個人のスピリチュアルな体験のために彼らの聖地に行き、儀式に参加だけして帰ってくる人も多いようだ。しかし、本当の先住民の世界は儀式やヒーリングだけではない。先住民族の多くは、侵略者からの土地の強奪・環境破壊、強制移住、虐殺、宣教師による宗教の強要、家族の離散、差別、貧困、暴力などありとあらゆる犯罪行為を受け続けてきた。その傷の深さは私たちに計り知れないものがある。真に先住民に関心を持つ者として、謙虚な気持ちで彼らの歴史を学び、文化を体験し、現実を理解する姿勢が不可欠だと私は思っている。

温暖化、経済危機といった事象を通じて、行き詰まりに気づき始めたグローバル社会には、先住民族の教えや活躍が不可欠なのは言うまでもない。しかし、そこで先住民族を利用するというような図式が現れては本末転倒だ。現在の先住民が抱えている問題に直面し、不正を訴え、解決策を見いだし、転換していくことが、先住民の叡智を世界に発信することへのベースにもなっていくと思う。今回のサミットで、地球温暖化や経済のグローバリゼーションがもたらす先住民族への危機的問題が訴えられた。同時に、差別や不正行為などからくる心の問題がとりあげられたということは、単に先住民族のメッセージを発信するだけでなく、より深く互いの歴史や痛みを見つめあい、乗り越えるきっかけを探っていく、そんな本音の交流が起きたように感じる。ふれあい、言葉、涙、笑顔、歌、踊りのなかで、そんな思いも癒され始めたのかもしれない。

大地とのつながり、祈りを深く感じ分かち合ったWPPDと、地球温暖化や環境破壊、文化の保持等へのより具体的な問題や解決策を取り扱った先住民族サミット。この二つの集いは、多くの人々の目にはみえない努力と協力があって実現した。そしてそこに参加し、支え合ったマオリとアイヌの人々の深い思いと祈りを傍らで体験させてもらい、未来への大きな希望と期待を与えてもらったことに深く感謝している。自分には到底わかりえない、マオリのスピリットの世界、アイヌのカムイの世界の見えない力を、わずかばかりでも感じることができたのは、この地球、近いところで言うならば環太平洋において、スピリットがまだ生きていて、私たちがよりよい世界をつくるために、導いてくれているのではないかということを、鈍感な私にも感じさせてもらったように思う。