amanakuni Home Page | なまえのない新聞ハーブ&アロマテラピー | 八丈島の部屋

第18回

痛みと希望の アドリアナ ヴァレジョン


(ほった さとこ)


 原美術館へ行った。好きな美術館。蔦の絡まる門に、小さくて、すっきりとしていて、居心地のいい洋館。現代美術を専門にしている美術館。東京にいた頃、気になっている人の個展があったり、何かを作らざるを得ない人生を見たい時に行った場所。富士山の麓で生活するようになって、嘘くさいものやインチキなものが前よりも嫌になった。木や草たちや空、富士山、いろんなものたちは毎日同じ姿をしていないので、それらを見ているだけで発見があって満たされる。それらに大きな影響を受けて、いまわたしは生きているんだと思う。
 でも情報誌で知った個展に惹かれた。アドリアナ ヴァレジョン。ブラジル、リオ デ ジャネイロ生まれの女性。日本で初めての個展。1964年生まれなので、わたしは6歳年下だ。ヨーニ!では、しょっちゅう年齢のことを書いているけれど、日本の80代、60代、40代の女だけでも、顔つき、体型、ファッション、家族観、恋愛観など、だいぶ違う。わたし自身のことでいえば、日本の違う世代の人よりも、先進国と呼ばれる他国の同世代との方が、ずっと感覚が近い。
 アドリアナ ヴァレジョンの作品は、どれも痛くて痛くて辛かった。一緒に女友達も見ていたが、苦しいとか、リアルだとか、複雑過ぎるとか、2人ひそひそと小声で言い合った。
 ブラジルの歴史と今が、彼女の身体を通して、絵になっているようだった。わたしは美術評論家ではないので、あくまでもわたしの感じたことを書くだけなんだけど、作品を見ているわたしまでが痛みを覚えるという体験は滅多にないことなので驚いてしまった。
 タイルがモチーフになっていて、プールや浴室に水が張られた風景の絵がたくさんあった。色はとても澄んでいて、水が豊かに揺れている。でもじーっと見ていると、水ではなくてわたしが揺れているような目眩を起こしそうだった。白くて正方形の整然としたタイルが割け、その中からは人間の体の中身が見えているような作品。入り口の象徴。ていう作品はろっ骨、胃、腿から下の足、お尻、心臓など、こまかい身体のパーツがタイルひとつひとつに描かれ、女の生首を持った女が立っている。その女もまた、身体に枷(かせ)が付けられている。タイルはブラジルの名産品でもともとはポルトガルから入った技術。また、昔昔の大航海時代の古い地図のような絵もまた縦に割けて血肉が見えている。写真の展示もあった。カニバリズム(人肉を食べることやその習慣)を思わせる、でも明るい日差しを感じる写真があった。どこまでも痛い。しかしこの痛み。ブラジルの痛みであり、地球の痛みであり、アドリアナ ヴァレジョンの痛みであり、それはわたしの痛みでもある。
 ブラジル。正式名称はブラジル連邦共和国。南アメリカ大陸で一番広い国土。公用語はポルトガル語。1500年にポルトガルの人がブラジルを見つけ(その前からそこで生きてきた人たちはいるんだけれどね)、いまのブラジルを作っていく。だからブラジル語という言語はないのです。1900年代からは日本をはじめとしたアジアやヨーロッパからの移民が始まった。奴隷が移民の始まる前からいたし、他民族国家です。世界で最大の日系人のコミュニティがあるそうだ。また、ブラジルにはアマゾン川が流れ、自分たちの言葉や文化を持ったインディオが暮らしている。GNPは世界の9位。でもアマゾンの森は乱開発で激減していて、地球のバランスを大きく崩しているのかもしれない。ブラジルの抱える問題や矛盾は決してひと事ではない。
 アドリアナ ヴァレジョンのある一枚の絵の中で、4組の人たちがセックスしている。世間でノーマルと言われている組み合わせは一組としてなく、男たちと黒人とか、動物と人が2人とか、女ふたりで手にセクシャルな道具を持っているというような、エロチシズムに溢れたもの。凄みがあって、付き合いはじめのほんわかしたカップルがデートでこの絵を目の前にしたら、言葉が見つからないだろうなあと思ったりした。でも、この入り交じったなんでもありな感じ、暴力で制しているような感じが、痛いなあと、また痛くなった。
 痛いけれど、わりとまじめに生きていくと、痛みはたくさんある。美術館からの帰り道はため息がでた。でも、水面がたふたふときれいに揺れている作品が最近のものなので、これからの作品を楽しみにしていたいなと思った。あ、痛い痛いと書きましたが、どれもすてきな作品です。また見に行こうかなあ、とちょっと思っています。


「アドリアナ ヴァレジョン」
2007年1月27日(土)―3月31日(土) am11〜pm5(水曜はpm8迄) 月曜休館 一般¥1000
原美術館=東京都品川区北品川4-7-25 Tel. 03-3445-0651
ウェブサイト  http://www.haramuseum.or.jp
携帯サイト http://mobile.haramueum.or.jp



No.141=2007年3・4月号

なまえのない新聞のHome Page

amanakuni Home Page