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『魂の民主主義――
北米先住民・アメリカ建国・日本国憲法』

星川淳著 築地書館、1500円+税

  氷河期の海面低下で地続きだったベーリング海峡を、シベリアからアラスカへ渡った少女の話を小説(『精霊の橋』幻冬舎1995年、のち同社文庫化『ベーリンジアの記憶』1997年、現在絶版)にしたあと、作者自身が物語にのめり込んだように丸一年かけて北米・中米・オセアニアの先住民文化をめぐり、来歴伝承を聞き歩いたのは90年代半ば。たくさんの出会いと学びに恵まれたその旅で、当時のテーマとは離れるけれども気になる材料を拾った。きっかけは、合州国憲法成立200周年を記念して1987年に開かれたシンポジウムの講演録『アメリカ民主主義のインディアン・ルーツ』だ。
 読んでみると、題名どおり合州国建国のとき先住民側から少なからぬ影響を与えた証言が並び、おまけに名門コーネル大学でのシンポジウムに合わせて、米国議会上下両院で建国をめぐる先住民の貢献に対する感謝決議が採択されたという。とりわけ中心的な役割を果たしたのは、イロコイ連邦と呼ばれるニューヨーク州北部の部族連合で、白人到来のずっと前から独自の平和な母権民主制を営んできた。
民主主義は古代ギリシア・ローマ以来のヨーロッパ産と教わっていたから、そんな話は初耳だった。もし本当なら確かめてみないわけにはいかない。そこで、いまなお米国内の準独立国として健在のイロコイ連邦を訪ねた。そのときの取材と、98年に喜納昌吉率いる「白船計画」の同連邦訪問に立ち会った二度目の取材から、自著『環太平洋インナーネット紀行』(NTT出版)とポーラ・アンダーウッドとの共著『小さな国の大いなる知恵』(翔泳社)に報告をまとめたが、どちらも本の一部だったのと、大切な視点が書き込めなかった。そこで少し時間をかけて勉強し直し、一冊丸ごとイロコイ民主制と近現代世界への影響に絞ったのがこんどの新刊だ。“大切な視点”というのは日本国憲法とのつながりで、本格的に取り上げるのは戦後60年の今年がふさわしかったのかもしれない。
いまから900年ほど前、ニューヨーク州北部のカナダ国境に近いオンタリオ湖南岸に、通称「ピースメーカー」と呼ばれる伝説的な社会改革者が現われた。それまで長年、同族相食(あいは)む戦乱を続けていたイロコイ5部族に、暴力ではなく理知と話し合いで問題を解決するよう説得を続け、平和同盟の結成にこぎつける。1142年の建国にあたり、5部族の人びとは持ち寄った武器をすべて一本の大木の根元に埋めて、117条からなる一種の憲法「大いなる平和の法」を守ることを誓い合った。その中には、女性が財産と子どもを相続すること、地域社会の信任を受けた族母(クランマザー)が族長(チーフ)を推薦し、それを氏族(クラン)、邦(部族)、連邦の三レベルの公開会議で承認すること、族長のリコール権は族母を支える女性たちにあることなど、直接民主制と代表民主制をブレンドした細かい社会運営の工夫が盛り込まれている。これによって、イロコイ連邦は最盛期に日本列島と同じくらいの広がりを持つ政治・文化圏を誇ったらしい。
ところが、そこへ15世紀末からヨーロッパ人が押し寄せてくる。北米東岸の最有力部族として白人たちとの交渉や摩擦の矢面に立たされたイロコイ人は、得意の外交術でオランダ人、フランス人、イギリス人と共存関係を築きながらも、ヨーロッパ勢の圧倒的な数と病原菌と技術力の前に衰退を余儀なくされた。しかし、すべての文化交流が双方向であるように、先住民側がヨーロッパ文明の感化を受けるいっぽう、白人側も先住民からたくさんのものを取り入れた。C・G・ユングは、「北米の(ヨーロッパ系)住民たちは、仇敵インディアンの魂が自分の中に取り込まれていくのを止められなかった」と分析する。そのクライマックスが18世紀後半のアメリカ独立と合州国建国だった。
13のイギリス植民地が団結して、最終的に王も貴族も持たない連邦民主制を形成した背景には、イロコイ人をはじめ先住民側からのさまざまな入れ知恵と支援があった。制憲議会はしばしば先住民代表団を迎え、自由と平等を謳う世界初の成文憲法となった合州国憲法には、イロコイ民主制から多くの要素が取り入れられた。こうした事実は長いあいだタブーのように隠されてきたが、前述のシンポジウム前後から見直しが進み、現在イロコイ民主制の影響は認めたうえで、その実態を論議するようになっている。
60年前、自他ともに戦争と原爆の惨禍を舐めた日本人は、イロコイ連邦の建国と重なる状況で戦争放棄の平和憲法を選び取った。マッカーサーをはじめ占領者アメリカ人たちも、米国建国のインディアン・ルーツを知らぬまま、自由と民主主義の理想を日本に託した。イロコイ憲法、合州国憲法、日本国憲法の姉妹関係を解きほぐす詳細は本書をどうぞ。               (星川 淳)


No.132=2005年9・10月号

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